早河シリーズ第三幕【堕天使】
6月7日(Fri)
相澤の密かな企みを知る由もない莉央は俊哉と並んで夕暮れに染まる勢揃坂を歩く。坂の上に建つ聖蘭学園が少しずつ遠ざかる。
『まさか俺が莉央の学校に保護者として行くことになるとはなぁ』
今日は三者面談の日だった。面談を終えた俊哉はホッと一息ついてスーツの襟元を緩めた。
本来ならば教室で行う三者面談を樋口家と莉央の繋がりを公にするのを嫌う雅子の要望で、莉央だけは特別に理事長室で面談が行われた。
実際には三者面談ではなく、理事長、校長、莉央の担任教師と、莉央と俊哉の五人が集まっての話し合いだった。
『婚約を理由に大学進学しない生徒もこれまでに前例があったって言うし、そこはさすが高い学費積んでるだけあるお嬢様学校だな』
「……うん」
俊哉の隣を一歩下がって歩く莉央はうつむいて相槌を返す。理事長、校長、担任教師には婚約者の名前は伏せて婚約の件を伝えた。
雅子の意向を受けた俊哉が莉央は日本の大学に進学はさせず、高校卒業後はパリのフィニッシングスクールに通わせる旨も告げた。
これで本当に大学進学の道は閉ざされ、樋口コーポレーションと相澤グループを繋ぐ道具として生きる道が決まった。
とぼとぼと後ろを歩く莉央の手を俊哉が引いた。間もなく俊哉が車を駐めた有料パーキングに到着する。
『せっかくだから寄り道していくか』
「寄り道?」
『このまま帰りたくないだろ?』
ここで帰路を辿れば聖蘭学園と同じ渋谷区内の樋口邸にはすぐに到着してしまう。沈んだ気持ちのまま家に帰りたくなかった莉央は彼の提案に頷いた。
歩きながら俊哉が携帯電話を耳に当てる。樋口家の使用人に繋がった電話で夕食は莉央と二人で済ませてくると彼は告げた。
莉央を乗せた俊哉の車は樋口邸とは逆方向に走り出す。
『面談で俺がパリのフィニッシングスクールに通わせる話をした時、お前はそんな話聞いてないって顔してたな』
「だってさっき初めて聞いたから」
『俺も今朝になって母さんから聞かされたんだよ。相澤が来年パリに建築デザインの事務所作るらしい。莉央は相澤と一緒にパリに行ってそこの花嫁学校に通う、これは母さんと相澤会長が決めたことだ』
溜息混じりに吐き捨てて俊哉は莉央を見た。制服のスカートをぎゅっと握る莉央の手は震えている。
「私には未来を選択する自由もないのね」
今にも泣き出しそうな莉央の声に俊哉の胸も痛む。雅子にとっては夫の愛人の娘である莉央はただの道具、駒に過ぎない。
莉央の将来など雅子にはどうでいい些末なことだ。
『親父が今も生きていたらこんな風にはなってなかった……そう思ってるか? きっと親父なら莉央の願いをなんでも聞いて、莉央の好きなようにさせてたかもな』
莉央のすすり泣きが左側から聞こえた。俊哉はそれ以上は何も言わない。
自分が殺したも同然の父親がもし今も生きていれば、莉央をもっと自由にさせてやれたのかもと、後悔しても遅いことなのに。
(親父が生きていれば莉央を俺のものには出来なかった。だから俺は……)
相澤の密かな企みを知る由もない莉央は俊哉と並んで夕暮れに染まる勢揃坂を歩く。坂の上に建つ聖蘭学園が少しずつ遠ざかる。
『まさか俺が莉央の学校に保護者として行くことになるとはなぁ』
今日は三者面談の日だった。面談を終えた俊哉はホッと一息ついてスーツの襟元を緩めた。
本来ならば教室で行う三者面談を樋口家と莉央の繋がりを公にするのを嫌う雅子の要望で、莉央だけは特別に理事長室で面談が行われた。
実際には三者面談ではなく、理事長、校長、莉央の担任教師と、莉央と俊哉の五人が集まっての話し合いだった。
『婚約を理由に大学進学しない生徒もこれまでに前例があったって言うし、そこはさすが高い学費積んでるだけあるお嬢様学校だな』
「……うん」
俊哉の隣を一歩下がって歩く莉央はうつむいて相槌を返す。理事長、校長、担任教師には婚約者の名前は伏せて婚約の件を伝えた。
雅子の意向を受けた俊哉が莉央は日本の大学に進学はさせず、高校卒業後はパリのフィニッシングスクールに通わせる旨も告げた。
これで本当に大学進学の道は閉ざされ、樋口コーポレーションと相澤グループを繋ぐ道具として生きる道が決まった。
とぼとぼと後ろを歩く莉央の手を俊哉が引いた。間もなく俊哉が車を駐めた有料パーキングに到着する。
『せっかくだから寄り道していくか』
「寄り道?」
『このまま帰りたくないだろ?』
ここで帰路を辿れば聖蘭学園と同じ渋谷区内の樋口邸にはすぐに到着してしまう。沈んだ気持ちのまま家に帰りたくなかった莉央は彼の提案に頷いた。
歩きながら俊哉が携帯電話を耳に当てる。樋口家の使用人に繋がった電話で夕食は莉央と二人で済ませてくると彼は告げた。
莉央を乗せた俊哉の車は樋口邸とは逆方向に走り出す。
『面談で俺がパリのフィニッシングスクールに通わせる話をした時、お前はそんな話聞いてないって顔してたな』
「だってさっき初めて聞いたから」
『俺も今朝になって母さんから聞かされたんだよ。相澤が来年パリに建築デザインの事務所作るらしい。莉央は相澤と一緒にパリに行ってそこの花嫁学校に通う、これは母さんと相澤会長が決めたことだ』
溜息混じりに吐き捨てて俊哉は莉央を見た。制服のスカートをぎゅっと握る莉央の手は震えている。
「私には未来を選択する自由もないのね」
今にも泣き出しそうな莉央の声に俊哉の胸も痛む。雅子にとっては夫の愛人の娘である莉央はただの道具、駒に過ぎない。
莉央の将来など雅子にはどうでいい些末なことだ。
『親父が今も生きていたらこんな風にはなってなかった……そう思ってるか? きっと親父なら莉央の願いをなんでも聞いて、莉央の好きなようにさせてたかもな』
莉央のすすり泣きが左側から聞こえた。俊哉はそれ以上は何も言わない。
自分が殺したも同然の父親がもし今も生きていれば、莉央をもっと自由にさせてやれたのかもと、後悔しても遅いことなのに。
(親父が生きていれば莉央を俺のものには出来なかった。だから俺は……)