早河シリーズ第三幕【堕天使】
莉央を乗せた俊哉の車は都心から沿岸部へ、やがてお台場の大観覧車が目の前に見えた。それまで泣いて塞ぎ込んでいた莉央も、ライトアップされた観覧車を前にして呆然としている。
駐車場に停めた車から先に俊哉が降りて、彼は助手席の扉を開けた。俊哉に差し出された手をとって莉央は車を降りる。
俊哉に導かれて莉央は観覧車に足を進めた。高校の制服姿の莉央とスーツを着た俊哉は兄と妹か、恋人か、周りの人間には二人はどちらに見えている?
『俺だって本当はパリになんか行かせたくねぇよ。相澤とだって結婚させたくないと思ってる』
観覧車の順番待ちをしている時に俊哉が呟いた。繋がれた手に力がこもる。
『相澤に俺とのこと何か聞かれた?』
「何も……」
『そっか。いまだに何も言ってこないなら俺とお前のことは知らないフリを通すつもりかもな』
春の両家の会食以降、莉央と俊哉は何度もこのやりとりを交わしている。
「直輝さんは私には興味ないのよ」
『そんな奴には余計に莉央を渡したくない』
順番が来てゴンドラに乗り込む。ゆっくりと上昇する観覧車の中で莉央は眼下に広がる夜景を眺めた。
次男の俊哉の窮屈過ぎる愛情
婚約者の相澤のサディスティックな欲望
莉央の身体を求めて欲望をぶつける長男の宏伸
莉央を駒のようにしか思わない継母の雅子
何もかもから自由になりたい。自由になってどこかに消えてしまいたい。
(それでも俊哉お兄さんと一緒にいる時だけは私は幸せを感じている)
向かい側にいる俊哉が腰を上げるとゴンドラが微かに揺れた。莉央の隣に移動した彼に抱き寄せられる。
「子供の頃ね、好きな人と観覧車の頂上でキスをするのが夢だったの。ドラマで観ていいなぁって思ってた」
『典型的な女の子の夢だな』
「その夢をお父様とお母さんに話したの。お母さんはいつか莉央が本当に好きになった人と叶えなさいって言ってくれた」
『親父は何て言ってた?』
莉央は苦笑いしてかぶりを振る。
「何にも。黙ってムッとしちゃった」
『莉央に彼氏が出来てキスなんかしてるとこ想像するだけで機嫌悪くなったんだな。莉央溺愛の親父らしい』
間もなく観覧車の頂上。キラキラとした東京の夜景が宝石箱のようだ。
『キスしていい?』
「いつも何も聞かずにするじゃない」
『そんな話聞いたら何も聞かずにするわけにはいかねぇよ。観覧車のてっぺんでのキスはお前の好きな男とじゃないと……だろ?』
優しく笑う俊哉のことを、誰よりも愛しく感じる。
どうして貴方が兄なんだろう
どうして出会ってしまったのだろう
兄と妹でなければ出会うこともなかったのに
兄と妹でなければ貴方といつまでも一緒に居られたの?
貴方の窮屈すぎる愛に私はずっと溺れている
「好きな人……だからいいよ」
好きな人がいることを親友のなぎさにも他の誰にも言えない。こんなに苦しい恋ならば、いっそのことこんな恋、棄ててしまいたい。
『親父も……その夢の相手が俺になるとは思わなかったんだろうな』
「……そうだね」
莉央は目を閉じる。直後に起きた柔らかな接触。
“好きな人と観覧車の頂上でキスをする”
夜景の見える観覧車の中で莉央は子供の頃の夢を叶えた。夢見ていたドラマのようなシチュエーションとは、それはとても違っていた。
いつまでこうしていられるの?
いつまでこのままでいられるの?
愛している男と観覧車の頂上で交わしたキスは苦しくて切ない、叶わない永遠を願う瞬間だった。
駐車場に停めた車から先に俊哉が降りて、彼は助手席の扉を開けた。俊哉に差し出された手をとって莉央は車を降りる。
俊哉に導かれて莉央は観覧車に足を進めた。高校の制服姿の莉央とスーツを着た俊哉は兄と妹か、恋人か、周りの人間には二人はどちらに見えている?
『俺だって本当はパリになんか行かせたくねぇよ。相澤とだって結婚させたくないと思ってる』
観覧車の順番待ちをしている時に俊哉が呟いた。繋がれた手に力がこもる。
『相澤に俺とのこと何か聞かれた?』
「何も……」
『そっか。いまだに何も言ってこないなら俺とお前のことは知らないフリを通すつもりかもな』
春の両家の会食以降、莉央と俊哉は何度もこのやりとりを交わしている。
「直輝さんは私には興味ないのよ」
『そんな奴には余計に莉央を渡したくない』
順番が来てゴンドラに乗り込む。ゆっくりと上昇する観覧車の中で莉央は眼下に広がる夜景を眺めた。
次男の俊哉の窮屈過ぎる愛情
婚約者の相澤のサディスティックな欲望
莉央の身体を求めて欲望をぶつける長男の宏伸
莉央を駒のようにしか思わない継母の雅子
何もかもから自由になりたい。自由になってどこかに消えてしまいたい。
(それでも俊哉お兄さんと一緒にいる時だけは私は幸せを感じている)
向かい側にいる俊哉が腰を上げるとゴンドラが微かに揺れた。莉央の隣に移動した彼に抱き寄せられる。
「子供の頃ね、好きな人と観覧車の頂上でキスをするのが夢だったの。ドラマで観ていいなぁって思ってた」
『典型的な女の子の夢だな』
「その夢をお父様とお母さんに話したの。お母さんはいつか莉央が本当に好きになった人と叶えなさいって言ってくれた」
『親父は何て言ってた?』
莉央は苦笑いしてかぶりを振る。
「何にも。黙ってムッとしちゃった」
『莉央に彼氏が出来てキスなんかしてるとこ想像するだけで機嫌悪くなったんだな。莉央溺愛の親父らしい』
間もなく観覧車の頂上。キラキラとした東京の夜景が宝石箱のようだ。
『キスしていい?』
「いつも何も聞かずにするじゃない」
『そんな話聞いたら何も聞かずにするわけにはいかねぇよ。観覧車のてっぺんでのキスはお前の好きな男とじゃないと……だろ?』
優しく笑う俊哉のことを、誰よりも愛しく感じる。
どうして貴方が兄なんだろう
どうして出会ってしまったのだろう
兄と妹でなければ出会うこともなかったのに
兄と妹でなければ貴方といつまでも一緒に居られたの?
貴方の窮屈すぎる愛に私はずっと溺れている
「好きな人……だからいいよ」
好きな人がいることを親友のなぎさにも他の誰にも言えない。こんなに苦しい恋ならば、いっそのことこんな恋、棄ててしまいたい。
『親父も……その夢の相手が俺になるとは思わなかったんだろうな』
「……そうだね」
莉央は目を閉じる。直後に起きた柔らかな接触。
“好きな人と観覧車の頂上でキスをする”
夜景の見える観覧車の中で莉央は子供の頃の夢を叶えた。夢見ていたドラマのようなシチュエーションとは、それはとても違っていた。
いつまでこうしていられるの?
いつまでこのままでいられるの?
愛している男と観覧車の頂上で交わしたキスは苦しくて切ない、叶わない永遠を願う瞬間だった。