早河シリーズ第三幕【堕天使】
 新宿のクラブ、エスケープが新宿西警察署と警視庁による摘発を受けたのは7月15日の月曜日だった。

春から民間人に広く出回っていた違法薬物の出所がこのエスケープだと掴んだ警察は、エスケープで薬の取引を行っていた売人の今岡を逮捕した。

 摘発時にエスケープに居合わせた都内在住の男子高校生も事情聴取のため新宿西署に連行された。
男子高校生と一緒に来店したエリカと名乗る若い女の残した荷物からは例の中東の媚薬〈禁断の果実〉が見つかった。

新宿西警察署と警視庁は消えた女、エリカの行方を追っている。

(※【白昼夢スピンオフ】収録作【story3.Summer vacation 2002】参照)


        *


7月18日(Thu)

 蝉の合唱が鳴り止まない暑い夕暮れのこと。スコーピオンに連れられてひとりの男がキングの屋敷の門をくぐった。

家主の部屋に通された男は光を宿していない虚ろな瞳をキングに向ける。

『婚約者が自殺か。辛かったね』

スコーピオンから聞いた男の経歴と彼の身に起きた悲劇を把握したキングは慈悲深い手を差し伸べた。

『君の能力を見込んでカオスの情報部に所属してもらうよ。君の組織での名前は……そうだな、かつて父の代に最恐の情報屋と呼ばれる男がいた。君には彼の名を引き継いでもらいたい』

 キングは万年筆でさらさらと筆記体を書き記した。筆記体で書かれた文字はlast crow。

『ラストクロウ、それが君の名前だよ』

 虚ろな目をしたラストクロウはキングに一礼して部屋を去った。彼が去った部屋にはキングとスコーピオンが残る。

『彼はなかなかいい瞳をしていたね。君の珈琲屋の常連だって?』
『はい。婚約者の件で気落ちしていましたし、彼は強い恨みを抱えています。育て方次第では、今後の組織に有益な人材となるやもしれません』
『復讐の炎を燃やす人間ほどカオスに相応しい。私はあの男を一目で気に入ったよ』

椅子のキャスターを回転させてキングは窓の外の夕焼けに目を細めた。

『最近は新宿界隈が騒がしい。相澤が派手に遊んでくれたおかげで警察が動いているようだね』
『警察が狙いをつけた売人の始末は進んでいます。しかし相澤が薬を売りさばいていることが警察に知れるのも時間の問題かと』

 キングはコンピューターを開いてまたあのチェスゲームを始める。近頃はこのチェスゲームにも飽きてきて、次のゲームを作るようにとスパイダーに催促していた。

『相澤はあれで使える駒だったが奴は調子に乗り過ぎた。所詮は捨て駒に過ぎない』

コンピューター上でキングが動かす黒い駒が白い駒を凌駕する。

『このゲームも飽きてきたな。王様気取りの捨て駒には、そろそろ役目を終えていただこう』

 血のように赤く染まる茜色の空に蝉時雨が鳴っていた。
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