早河シリーズ第三幕【堕天使】

Act3.罪人の烙印

 8月1日の午後4時。警視庁捜査一課刑事の香道秋彦はまだ高い夏の太陽を背にしてカフェの扉を押し開けた。

外のうだるような蒸し暑さから一転して店内は冷房が効いていて涼しい。店の奥に見知った顔を見つけた。カップルや女性客で賑わう店内でその人物だけが非常に浮いていた。

『お前ってこういうデート向きの洒落た場所はホント似合わねぇよな』

 香道は苦笑いしてその人物の向かいに座る。弁護士バッチをつけたスーツを纏う男の名前は氷室龍牙。香道の長年の友人だ。

『互いの職場の中間地点なんだから仕方ねぇだろ』

龍牙は香道を睨み付けた。高校時代には暴走族グループのトップとしてその鋭い眼光で何人もの人間を視線だけで瞬殺してきたが、龍牙の睨みも付き合いの長い香道には慣れたものだった。

 店員にアイスコーヒーを注文して香道はさっそく本題に入る。

『相澤直輝の死因は薬物の過剰摂取による急性薬物中毒……ってことだけど、相澤や一緒に死んでいた相澤の仲間達の体内から検出された薬物はこれまで広く出回っていたクスリとは性質が違っていた。例の〈禁断の果実〉と同じICPOも未確認の薬物だったが、成分から推測すると心臓の動きを抑制して一気に心停止させる。毒薬も同然だ』
『いくら相澤がヤク中でもそんなものを使って薬物パーティーをおっぱじめようとは思わねぇよな。たぶん相澤は薬の正体を知らずにいつものように注射した』

店の奥まった席を確保したおかげでデリケートな話題もあまり声を潜めずに済む。

『そして死んだ。相澤の死は殺しだ。黒幕が相澤を始末したんだろう』
『売人殺しの捜査本部解散は相澤グループの圧力がかかったのか?』
『まぁな。大企業の御曹司が薬物密売に関わっていたんだ。この一件で相澤グループの株価も急落してる。ただ……捜査本部解散には相澤グループとは別口の圧力がかかっている、そんな噂もある』

 色白の男性店員が香道の注文したアイスコーヒーを運んで来て二人は会話を止めた。店員が去った後で龍牙が口を開く。

『別口の圧力って?』
『下っ端の俺には何の情報も入ってこないが、わかるのは警察のお偉いさん方が一連の薬物殺人事件を丸ごと葬り去ろうとしているってことだ。この事件は警視庁上層部にとって都合が悪い何かがあるのか……』
『あるいは警察上層部に働きかけのできる存在がいるのか。もしかすると相澤の裏にいる黒幕と関係あるかもな』

 違法薬物の取引現場として使われていた新宿のクラブ、エスケープに摘発時に居合わせてしまった男子高校生は龍牙の後輩だった。
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