早河シリーズ第三幕【堕天使】
8月2日(Fri)
『莉央、入るぞ』
一声かけて莉央の部屋に入った俊哉はベッドの膨らみに気付く。枕に顔を伏せて寝ていた莉央が視線を上げた。
『最近ずっとそうやって寝てるらしいな。食事も残してるし、トメも心配してるぞ』
「少し体調悪いだけ」
俊哉はベッドに腰掛けて莉央の髪に触れた。7月30日から大阪に出張に行っていた俊哉は昨日東京に戻ってきた。
帰って来て早々、莉央の様子が変だと家政婦のトメに聞かされた。
相澤が薬物中毒で死亡してからの莉央は塞ぎ込んで食事も摂らず、部屋に閉じ籠っている。
『相澤のことショックだったのか? 仮にも婚約者だったしあんな形であいつが死んじまって……』
「違う。そんなんじゃない」
語気を強めた莉央は身体の向きを変えて横向きに寝そべった。
「そうじゃないの……」
彼女はそれ以上は何も言わない。俊哉はそれでも莉央の髪を撫で続ける。
『今夜クラシック聴きに行かない?』
「クラシック?」
横向きの姿勢のまま顔だけを俊哉に向けた。
『葉山美琴の追悼コンサートが今夜あるんだ』
「葉山美琴って、飛行機事故で亡くなったバイオリニストの?」
『そう。今日があの飛行機事故から3年だろ。追悼コンサートは葉山美琴の弟子や音大の学生、オーケストラの楽団なんかも演奏するらしい。葉山美琴の娘もピアノ演奏するって言ってたな』
3年前の8月2日に日本の至宝と謳《うた》われた絶対音感を持つバイオリニスト、葉山美琴が飛行機墜落の事故に巻き込まれてこの世を去った。
葉山美琴のCDを莉央は持っている。彼女のバイオリンは気高く優しい音色だった。
『追悼コンサートをやる東京国際ホールに樋口コーポレーションが建設に関わった関係でコンサートに招待してもらったんだ。母さんと兄貴は仕事で行けないから、俺が行くことになってるんだけど、莉央も気晴らしにどうだ?』
「行きたいけど……そんな場所に私が行ってもいいの? 雅子さんにはあまり外出するなって言われてるの」
相澤直輝の婚約者だった莉央を巡って、莉央から相澤の情報を聞き出したい警察やマスコミが莉央の存在を掴もうと躍起になっている。しばらく外出は控えるようにと、雅子からきつく言われていた。
『外出禁止の話は聞いてる。でも俺が側にいるから。お前クラシック好きだし、そうやって塞いで寝てるのもつまらないだろ?』
ベッドから身体を起こした莉央の乱れた前髪をすく俊哉の手の感覚は父の祥一のものと似ていた。
俊哉は祥一の息子、撫でる手の感覚が同じに感じるのも当然だ。
「うん……行く」
『開演は夜だけど、夕方から出掛けて少し買い物でもするか。莉央の欲しいもの買ってやるよ。出発は15時くらいだな。それまでに出掛ける用意しておけよ』
塞ぎ込む莉央を気遣う俊哉の気持ちに少しの罪悪感が残る。
(私が落ち込んでいるのは直輝さんがいなくなってショックを受けてるからじゃないの)
『莉央、入るぞ』
一声かけて莉央の部屋に入った俊哉はベッドの膨らみに気付く。枕に顔を伏せて寝ていた莉央が視線を上げた。
『最近ずっとそうやって寝てるらしいな。食事も残してるし、トメも心配してるぞ』
「少し体調悪いだけ」
俊哉はベッドに腰掛けて莉央の髪に触れた。7月30日から大阪に出張に行っていた俊哉は昨日東京に戻ってきた。
帰って来て早々、莉央の様子が変だと家政婦のトメに聞かされた。
相澤が薬物中毒で死亡してからの莉央は塞ぎ込んで食事も摂らず、部屋に閉じ籠っている。
『相澤のことショックだったのか? 仮にも婚約者だったしあんな形であいつが死んじまって……』
「違う。そんなんじゃない」
語気を強めた莉央は身体の向きを変えて横向きに寝そべった。
「そうじゃないの……」
彼女はそれ以上は何も言わない。俊哉はそれでも莉央の髪を撫で続ける。
『今夜クラシック聴きに行かない?』
「クラシック?」
横向きの姿勢のまま顔だけを俊哉に向けた。
『葉山美琴の追悼コンサートが今夜あるんだ』
「葉山美琴って、飛行機事故で亡くなったバイオリニストの?」
『そう。今日があの飛行機事故から3年だろ。追悼コンサートは葉山美琴の弟子や音大の学生、オーケストラの楽団なんかも演奏するらしい。葉山美琴の娘もピアノ演奏するって言ってたな』
3年前の8月2日に日本の至宝と謳《うた》われた絶対音感を持つバイオリニスト、葉山美琴が飛行機墜落の事故に巻き込まれてこの世を去った。
葉山美琴のCDを莉央は持っている。彼女のバイオリンは気高く優しい音色だった。
『追悼コンサートをやる東京国際ホールに樋口コーポレーションが建設に関わった関係でコンサートに招待してもらったんだ。母さんと兄貴は仕事で行けないから、俺が行くことになってるんだけど、莉央も気晴らしにどうだ?』
「行きたいけど……そんな場所に私が行ってもいいの? 雅子さんにはあまり外出するなって言われてるの」
相澤直輝の婚約者だった莉央を巡って、莉央から相澤の情報を聞き出したい警察やマスコミが莉央の存在を掴もうと躍起になっている。しばらく外出は控えるようにと、雅子からきつく言われていた。
『外出禁止の話は聞いてる。でも俺が側にいるから。お前クラシック好きだし、そうやって塞いで寝てるのもつまらないだろ?』
ベッドから身体を起こした莉央の乱れた前髪をすく俊哉の手の感覚は父の祥一のものと似ていた。
俊哉は祥一の息子、撫でる手の感覚が同じに感じるのも当然だ。
「うん……行く」
『開演は夜だけど、夕方から出掛けて少し買い物でもするか。莉央の欲しいもの買ってやるよ。出発は15時くらいだな。それまでに出掛ける用意しておけよ』
塞ぎ込む莉央を気遣う俊哉の気持ちに少しの罪悪感が残る。
(私が落ち込んでいるのは直輝さんがいなくなってショックを受けてるからじゃないの)