早河シリーズ第三幕【堕天使】
 夏の日没を迎えた時刻に横浜市内のラブホテルに到着した。今夜はここに泊まる。
俊哉と過ごす“最後の”夜だ。

 ホテルのエレベーターの中で俊哉は莉央にキスをした。狭い密室で舌を絡ませ、夢中で唇を重ねていた二人の行為を強制的に中断させたのは自動で開いたエレベーターの扉。

 降りる莉央達と入れ違いにエレベーターに乗り込む若いカップルとすれ違い様に目が合った。
エレベーター内でキスをしていた莉央と俊哉を目撃しても、カップルの男女も苦笑するだけ。ここにはそんな“はしたなさ”も多目に見てもらえる甘さがある。

「さっきの人達に見られちゃった……」
『お互い様だって。ラブホはそういう所』

 キスを見られた恥ずかしさに赤面する莉央を連れて俊哉は指定の部屋に入った。不必要に絢爛な装飾の室内は天井も壁も鏡張りだ。

どこを見ても、莉央には俊哉が、俊哉には莉央が視界に入る。

 後ろから俊哉に抱き締められ、莉央のワンピースの裾が彼の手でめくられた。

「待って、先にシャワー……」
『どうせ汗だくになるんだ。終わってからでいい』

 背後から耳たぶを舐められて莉央の身体に甘い電流が走る。耳を甘噛みされ、身体の力が抜けた莉央を俊哉は大きなベッドに押し倒した。

二人分の服が床に落ち、次第にシーツの擦れる音と甘ったるい吐息が聞こえてくる。

 愛にまみれて、愛に囚われて、罪の一夜は濃く深く。インディゴブルーの夏の夜空を泳ぐのは、どこへも行けない罪人の二人。

青の世界に住むあのクラゲ達もあの魚達もどこへも行けない。どこにも行けない。
みんなみんな、籠の中。

 身体中に点々とつけられた赤いアザは罪人の烙印。

 この世界は自由なようで不自由だ。
血の繋がりのある兄と妹が愛し合ってはいけないと誰が決めたの?
血の繋がりのある二人はこうして身体を繋げてはいけないの?

 兄と妹が愛し合うことを天国の両親は嘆いているかもしれない。この愛は父と母にも認めてもらえない愛かもしれない。

一番許せないのは誰?
一番憎いのは誰?

一番殺したかったのは誰?
一番愛しているのは誰?

それぞれの人物の顔が思い浮かんでは記憶の底に沈んでいく。

 二人の律動が加速して莉央の中で俊哉が弾けた。薄い膜越しに放たれた熱い体液がぶつかる感覚と共に莉央の身体も痙攣する。

玉のような汗を額に浮かべて一歩も動けずにいる莉央は、汗と涙でぼやけた視界で俊哉を捜す。手を伸ばせば届く距離にいる彼の、湿り気を帯びた背中に腕を伸ばして抱き付いた。

 左手の薬指に嵌めた銀の花の指輪。明日になればこの愛の鎖から莉央は解放される。
明日、彼女は彼との苦しすぎる関係に終止符を打つ。

 彼を愛した“彼女”に彼女は別れを告げる。
兄を愛した愚かな妹よ……さようなら。


< 122 / 150 >

この作品をシェア

pagetop