早河シリーズ第三幕【堕天使】
 走行する車内に携帯電話の着信音が響いた。後部座席のシートでうたた寝をしていたキングは鳴り響く携帯の音で目を開ける。

眠りを妨げられてとても不快だ。これだから携帯電話は好きではない。
一方的に連絡をよこす電子機器を持たなければならないことが、彼の一番の苦痛でもあった。

『私だ』

 電話に出たキングの声色に彼の不機嫌を感じ取ったのだろう。通話相手の部下は恐縮した様子で用件を述べた。

『……寺沢莉央が?』
{はい。先ほど、裏口からスーツケースを持って出てきました。しかしひとりでしたし、旅行のようではなく……}

用件を聞いたキングは眉をひそめる。

『おそらく家出だな』
{どうしますか?}
『彼女はどこに向かった?』
{ここからですと最寄りが神泉《しんせん》駅になります。そちらの方面に向かっていますね}
『わかった。そのまま見張っていてくれ。また動きがあればすぐに知らせなさい』

 たまには文明の進化の筆頭でもある携帯電話もいい仕事をしてくれるものだ。
神泉駅と聞いたが滅多に電車を利用しないキングには馴染みのない駅名だ。樋口邸の最寄りならば渋谷区内の駅だろうか……。

『スコーピオン、神泉駅と言う名の駅は渋谷にあるのかな?』
『はい。渋谷駅の隣にあります。渋谷まではここから20分ほどかかります。向かわれますか?』
『行き先が変わるかもしれないが、そうしてくれ』

 運転席のスコーピオンに命じてキングは再び目を閉じた。写真で目にしていた寺沢莉央の美しい顔と悲しげな色の瞳が浮かぶ。

『……天使を迎えに行くその時が訪れたのかもしれないな』


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