早河シリーズ第三幕【堕天使】
8月19日(Mon)

 香道なぎさと加藤麻衣子は気落ちした表情で聖蘭学園の門を出た。

「莉央どこに行っちゃったんだろう」
「先生達も何も知らないなんておかしいよね」

 なぎさが木陰で立ち止まって携帯電話から莉央の電話番号を呼び出した。

{おかけになった電話番号は現在使われておりません}

何度かけても同じアナウンスが虚しく流れる。

「やっぱりダメ?」
「うん。繋がらない」

なぎさは通話終了ボタンを押して肩を落とした。

 莉央の携帯電話が繋がらなくなったのは先週の火曜日。メールを出してもエラーになり、電話をかけても使用されていないとアナウンスが入る。

携帯電話の機種を変えただけなら、友達のなぎさや麻衣子に莉央から新しい携帯番号とメールアドレスの連絡が来るはずだ。しかし一向に莉央からの連絡はなかった。

 私服姿のなぎさと麻衣子が夏休み中の学校に出向いた理由は莉央の自宅の住所を教えてもらう為だ。しかし担任教師にどれだけ頼んでも莉央の自宅は教えてもらえなかった。

 なぎさはサンダルの足元を見下ろして歩を進める。足の爪に塗ったマニキュアのラメが剥げかけていたが今はネイルを塗り直す気分にもなれない。

「莉央の家の事情って、思っていた以上に複雑なのかもね」

隣を歩く麻衣子が言う。なぎさも同意の頷きを返した。

「あんなに頼んでも先生は莉央の家を教えてくれないんだもん。家がわかればそこに行って何かわかるかもしれないと思ったのに。退学届のことだって……」

 担任教師は莉央の家の場所は教えてくれなかったが、莉央の退学届が郵送されてきたことは話してくれた。
二人は落ち込んだまま勢揃坂を歩く。この坂を莉央と並んで歩いていた頃が今はもう懐かしい。

「退学届が郵送だったことも変だよ。何か、莉央が学校まで出しに行けなかった理由でもあるのかな」
「出しに行けない理由って病気や怪我とか?」

 なぎさの喩《たと》えに麻衣子は眉をひそめて首を傾げた。

「病気や怪我でも退学する必要はないし、携帯まで繋がらないのはおかしいから、家出の可能性もあるよ。莉央の家の事情が複雑ならそこに原因がありそうじゃない?」
「家出かぁ。そうだったとしてもこのまま莉央がどこに行ったかわからない状況は嫌だよ。お兄ちゃんに相談してみる」

 なぎさの兄は警視庁の刑事だ。兄ならば何か調べられるかもしれない。
一縷《いちる》の望みを託して、なぎさは兄宛にメールを送信した。
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