早河シリーズ第三幕【堕天使】
 微笑する赤い唇にキスをしたい衝動に駆られる。十代の少女に触れられただけで身体が熱くなり、ケルベロスは戸惑った。

「ふふっ。そういうことを気にされる方なのね」
『俺も一応は気にしますよ』
「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です。最近はキングのお洋服のお洗濯もしていますから」

 莉央のペースに乗せられて一緒にリビングに入ったケルベロスは彼女に言われるがまま、ワイシャツを脱ぐ。その行為すら別の想像を掻き立てられてケルベロスは途方に暮れた。

『キングの服の洗濯を? スコーピオンに任せないんですか?』
「お洗濯は私が。私の分のお洋服もあるでしょう? だから私がしているの」
『ああ……なるほど』

 確かに女物の下着を男のスコーピオンに洗わせるのは躊躇する。

 莉央はどんな下着をつけるのだろう。清楚な服の下はどんな姿をして、どんな風に男に抱かれるのだろう。
下衆な思考に呼応した下半身の膨らみがさらにケルベロスを困惑させる。

『キングとは……』
「え?」
『いえ……ここでの生活は慣れましたか? キングは少々気難しい方なので、一緒にいて大変なこともあるかと思いまして』

 下半身の膨らみを莉央に気付かれないように、彼は平然と会話を続けた。ケルベロスの向かいのソファーに座る莉央は針に糸を通していた。

「そうですね。たまに会話についていけない時もありますけど……あの人は優しい人です。今でも彼が人殺しだなんて信じられないくらいに穏やかで優しくて」

 それはそうだろう。キングは莉央の前では冷徹な一面を見せない。

ケルベロスが聞きたかったのは、彼女のここでの暮らしぶりではなかった。彼が本当に聞きたかったことは莉央とキングの現在の関係だ。

二人の間にはまだ肉体関係がないと察した。

 これまでもキングの周りには何人も女がいた。その中には美人な女も聡明な女も多くいたが、彼女達には誰一人としてこの屋敷への出入りを許さなかった。

キングが唯一、屋敷の出入りを許し、クイーンとして初めて組織に迎え入れた女が莉央だ。これほどまでにキングがひとりの女に執着と溺愛を見せた事態は過去になかった。

(この様子だとキングとはまだ何もないのか。あの方が自分のモノにした女に対して行動を起こされていないとは珍しい)

 ワンピースから覗く莉央の小さな膝小僧はケルベロスの汗が染み込んだワイシャツが被さって見えなくなった。莉央は慣れた仕草で第三ボタンをつけ直している。

(なんで俺がこんな少女に欲情してるんだ。遊びならともかく、本気で……)

下半身の膨らみは一時よりは治まったがそれでもまだココに熱が集中している。たかが18歳になる少女相手に、一体どうしてしまったのだろう。

 ケルベロスは恋をした経験がない。女なら数えきれぬほど抱いてきた。しかしそれは恋でも愛でもなくただの男の欲望だ。
恋愛しなくても女は抱ける。それで充分だった。

 莉央を犯した二人の兄の気持ちがわかる気がする。彼女には男を破滅させる危険な魅力がある。
そのことに莉央自身は気付いていない。

もしかするとキングも莉央に魅了されたひとりかもしれない。そして自分も。

 この天使のような美しい少女に人生を狂わせられる予感をケルベロスは感じていた。
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