早河シリーズ第三幕【堕天使】

失楽園 Sequel

【1.Queen】


 寺沢莉央が異母兄の樋口俊哉の前からいなくなって2ヶ月が過ぎた2002年11月。
先月に18歳になった莉央はアメリカ、カリフォルニア州にいた。

 ロサンゼルスの北東に位置する街、パサデナに莉央の自宅がある。ロサンゼルス内で8番目に大きなこの都市は、古い街並みと高級住宅街がある比較的治安の良い地区だ。

街にはカリフォルニア工科大学や美術大学があり、人口は十三万人弱。人口比率では白人が53%を占め、アジア系は10%程度だ。

この地域は冬でも温暖で11月現在も日中の平均気温は17℃前後。北海道で育った莉央はこんなに温暖な地域での生活は初めてだ。

 お洒落なショップやレストランが建ち並ぶオールドパサデナの通りを莉央は歩く。渡米して2ヶ月、最近ようやく買い物での店員とのやりとり程度の英会話がスムーズにこなせるようになった。

購入した花束を持って莉自宅への道を歩く。真っ白なフランネルフラワーとカスミソウの花束だ。

 アジア人が少ないこの地区では日本人の莉央がひとりで歩いていると声をかけられることもある。ほとんどがここの地区の住民であり、男性から声をかけられても、ナンパと呼ぶほどのしつこさはない。
街全体が育ちの良い紳士淑女みたいだ。

 レンガ造りの六階建ての建物が見えてきた。1940年に造られた築60年のヴィンテージのコンドミニアム。ここの最上階に莉央の住居がある。

アメリカでは分譲マンションをコンドミニアムと呼ぶ。他に賃貸マンションをアパートメントと呼び、日本で使われるマンションの名称はアメリカでは一戸建ての邸宅を意味する。

エントランスに続く階段を上がってオートロックの鍵を開けた。フロントのコンシェルジュの白人の男がにこやかに出迎えてくれる。

 この建物のオーナーは莉央が共に暮らす男だ。オーナーのパートナーである莉央にはコンシェルジュも格別に愛想が良い。
エレベーターで六階に上がった彼女は自宅の鍵を開けた。

『おかえりなさいませ』
「ただいま」

 長身で壮年の男が出迎えに出た。彼の名はスコーピオン。莉央にとって忠実な部下のひとりでもある彼は父親のような存在だった。
スコーピオンは莉央の抱える花束に目を留めて微笑んだ。

『綺麗な花が手に入りましたね』
「お墓参りには行けないから、せめてね」

 ロサンゼルスは今日は11月5日の午後2時。ロサンゼルスと16時間の時差がある日本は現在11月6日の朝だ。
日本時間では父、樋口祥一の命日の朝を迎えた。

この花束は亡き父に捧げる花だ。
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