早河シリーズ第三幕【堕天使】
 花瓶にフランネルフラワーとカスミソウを生けた莉央は紅茶を運んで来るスコーピオンを見上げた。

「キングはお出掛け?」
『先ほど急な要件が入ってニューヨークに向かわれました。戻りは今週末になるそうです』

 スコーピオンはティーポットとティーカップをテーブルに並べ、手元の懐中時計で時間を計っている。莉央は大きなソファーに座ってマスタールームの方向を見つめた。

 あの男と出会ったことで莉央の人生はガラリと変わった。今自分が生きていることもアメリカで暮らしていることも、数ヶ月前には考えられなかった。

今年の夏までの莉央は、生きる気力も希望も見失っていたのだから。
犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖。このコンドミニアムのオーナーだ。彼のおかげで今の莉央は生きていられる。

 莉央はニューヨークの位置を思い出した。ニューヨークはロサンゼルスとは対極の位置にある。ロサンゼルスとニューヨークはアメリカ大陸の端と端だ。

「キングはニューヨークによく出掛けているけれど、どうして自宅をニューヨークにしなかったの? 用事があるたびに飛行機で端から端まで行くのは大変じゃない?」
『ニューヨークはまだ去年のテロの影響が残っています。クイーンを住まわせるには治安の面で心配だったのでしょう』

 昨年、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件。

多くの死者と負傷者を出したテロ事件ではニューヨークのワールドトレードセンター(貿易センター)も標的にされた。旅客機がビルに追突して炎上する映像をまだ当時日本にいた莉央はテレビで観ていた。
凄まじい光景を思い出すだけで身震いする。

「治安が心配って、でもキングは行っても大丈夫なの?」
『あの方は大丈夫ですよ』
「ふぅん。変なの」
『ニューヨークも街が落ち着けばそのうち連れて行ってくださいますよ』

 懐中時計で正確に時間を計った彼はティーポットの紅茶を丁寧にカップに注ぐ。温かな紅茶が莉央に差し出された。

貴嶋が犯罪組織のトップだと理解はしていても、莉央は彼のすべてをまだ知らない。彼との付き合いはたった2ヶ月、その程度で相手のすべてを知ることはできない。

 自宅の間取りは3beds+3baths。3つの寝室にそれぞれ3つの専用バスルームがあり、広々としたダイニングルームとリビングルームがある。

キッチンに近い寝室がスコーピオン、奥の寝室が莉央、最も広いマスタールームは貴嶋が使用している。
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