早河シリーズ第三幕【堕天使】
11月10日、日曜日の午後3時。セントラルパークまで散歩に出掛けた莉央はスーパーマーケットに立ち寄ってから帰宅した。
今日はスコーピオンは隣町まで出ていて、戻りは夜遅くになるそうだ。
日付が10日に変わる直前、ニューヨークに行っていた貴嶋が帰ってきた。少し疲れた様子だった彼は今日はずっと寝室で眠ったまま出てこない。
今夜は貴嶋と二人きりの夕食だ。料理の腕はスコーピオンには劣る自覚がある莉央は、自分の料理が貴嶋の口に合うか不安だった。
それ以前に、スコーピオンがいないこの自宅で彼と二人で過ごす夜に緊張していた。
(私って今までスコーピオン頼みだったんだなぁ。スコーピオンがいなくてもキングとコミュニケーションが取れるようにならないと……)
貴嶋の恋人なのに、彼と二人だけになると緊張する。おかしな話だ。
玄関を開けた瞬間に聴こえるクラシック音楽はラフマニノフのヴォカリーズ、貴嶋がよく聴いている曲だった。
キッチンの冷蔵庫に買ってきた食材を入れ、彼女は音のするリビングルームに足を向けた。スコーピオンが毎日掃除をして綺麗に磨かれた廊下を歩いてリビングルームに入る。
貴嶋はマホガニーのロッキングチェアに腰掛けていた。椅子の背に身体を預け、彼は目を閉じている。眠っているのだろうか。
室内に設置されたコンポからはラフマニノフの音楽が流れ続けている。音楽を聴きながらうたた寝をしてしまったのかもしれない。
「……キング?」
莉央が声をかけても貴嶋は目を開けない。莉央はロッキングチェアの傍らで彫刻のように整った彼の寝顔を見下ろした。
貴嶋は綺麗な男性だった。格好いいとも男らしいとも違う、完璧に整った顔立ちに誰もが魅了される。
そして肌が白い。決め細かな白い肌と伏せた瞼から覗く長い睫毛は中性的な印象を与える。
(色白で夜行性、ドラキュラ伯爵ってキングみたいな人なのかしら)
貴嶋とドラキュラ……、似ているかもしれない。莉央は自分の思いつきが面白くて口元に手を当てて笑った。
『楽しそうだね。何か良いことでもあった?』
笑っている莉央を目を開けた貴嶋が見上げている。いつの間にか目を開けていた貴嶋に一部始終を見られていた羞恥で莉央は赤面した。
「起きているなら言ってください!」
『狸寝入りってどうしてタヌキと言うんだろうね。キツネじゃダメなのかな。キツネ寝入り……は確かに言いにくいね』
「知りません!」
ニヤニヤと笑う貴嶋が憎らしくて、莉央は頬を膨らませた。貴嶋はロッキングチェアの上で背伸びをして立ち上がった。
「コーヒー飲みますか?」
『そうだね。お願いしよう』
彼はソファーに移動して英字新聞を広げた。莉央は貴嶋と自分の分のコーヒーを用意しにキッチンに行く。
コーヒーの淹れ方もスコーピオンに教わった。スコーピオンは日本にいる時には喫茶店を経営していた。珈琲館Edenと名付けられた喫茶店は、今はスコーピオンの部下が営業を引き継いでいる。
教えられた方法で二人分のコーヒーを淹れた。貴嶋はブラック。まだブラックコーヒーが飲めない莉央はカフェオレにした。
今日はスコーピオンは隣町まで出ていて、戻りは夜遅くになるそうだ。
日付が10日に変わる直前、ニューヨークに行っていた貴嶋が帰ってきた。少し疲れた様子だった彼は今日はずっと寝室で眠ったまま出てこない。
今夜は貴嶋と二人きりの夕食だ。料理の腕はスコーピオンには劣る自覚がある莉央は、自分の料理が貴嶋の口に合うか不安だった。
それ以前に、スコーピオンがいないこの自宅で彼と二人で過ごす夜に緊張していた。
(私って今までスコーピオン頼みだったんだなぁ。スコーピオンがいなくてもキングとコミュニケーションが取れるようにならないと……)
貴嶋の恋人なのに、彼と二人だけになると緊張する。おかしな話だ。
玄関を開けた瞬間に聴こえるクラシック音楽はラフマニノフのヴォカリーズ、貴嶋がよく聴いている曲だった。
キッチンの冷蔵庫に買ってきた食材を入れ、彼女は音のするリビングルームに足を向けた。スコーピオンが毎日掃除をして綺麗に磨かれた廊下を歩いてリビングルームに入る。
貴嶋はマホガニーのロッキングチェアに腰掛けていた。椅子の背に身体を預け、彼は目を閉じている。眠っているのだろうか。
室内に設置されたコンポからはラフマニノフの音楽が流れ続けている。音楽を聴きながらうたた寝をしてしまったのかもしれない。
「……キング?」
莉央が声をかけても貴嶋は目を開けない。莉央はロッキングチェアの傍らで彫刻のように整った彼の寝顔を見下ろした。
貴嶋は綺麗な男性だった。格好いいとも男らしいとも違う、完璧に整った顔立ちに誰もが魅了される。
そして肌が白い。決め細かな白い肌と伏せた瞼から覗く長い睫毛は中性的な印象を与える。
(色白で夜行性、ドラキュラ伯爵ってキングみたいな人なのかしら)
貴嶋とドラキュラ……、似ているかもしれない。莉央は自分の思いつきが面白くて口元に手を当てて笑った。
『楽しそうだね。何か良いことでもあった?』
笑っている莉央を目を開けた貴嶋が見上げている。いつの間にか目を開けていた貴嶋に一部始終を見られていた羞恥で莉央は赤面した。
「起きているなら言ってください!」
『狸寝入りってどうしてタヌキと言うんだろうね。キツネじゃダメなのかな。キツネ寝入り……は確かに言いにくいね』
「知りません!」
ニヤニヤと笑う貴嶋が憎らしくて、莉央は頬を膨らませた。貴嶋はロッキングチェアの上で背伸びをして立ち上がった。
「コーヒー飲みますか?」
『そうだね。お願いしよう』
彼はソファーに移動して英字新聞を広げた。莉央は貴嶋と自分の分のコーヒーを用意しにキッチンに行く。
コーヒーの淹れ方もスコーピオンに教わった。スコーピオンは日本にいる時には喫茶店を経営していた。珈琲館Edenと名付けられた喫茶店は、今はスコーピオンの部下が営業を引き継いでいる。
教えられた方法で二人分のコーヒーを淹れた。貴嶋はブラック。まだブラックコーヒーが飲めない莉央はカフェオレにした。