早河シリーズ第三幕【堕天使】
 何度も唇を重ねた貴嶋は莉央の膝裏に手を添えて彼女を抱き上げた。背中に天使の羽根でも生えているように莉央の身体は軽く、ベッドまで運ばれる。

ふわりと寝かせた莉央の上に貴嶋が跨がる。鼻先同士を擦り合わせてふたりは見つめ合った。

『君は自分のことが嫌いだろう?』
「……嫌いです」
『君が好きな私のことは好き? 嫌い?』
「……好きです」
『素直だね。いい子だ』

 また唇を重ね、貴嶋の手が莉央のブラウスのボタンに触れた。ひとつひとつ、丁寧にボタンが外されていく。

『品と洗練は知性に宿るものだ』
「知性?」
『そう。莉央には気品も洗練も知性も備わっている。品と知性を備えた人間のみが纏える色気もね。色気は知性ある者にしか宿らない』

ブラウスのボタンをすべて外されて下着姿となった莉央は両手で胸元を隠した。

「恥ずかしい……」
『自分から誘っておいて恥ずかしいとは。さっきまでいい子だったのに今はワガママな悪い子だね』

 彼はやんわりと莉央の胸元の手を退ける。背中に回された貴嶋の手がブラジャーのホックを素早く外した。

胸から伝わる快感に支配された莉央は身体を弓なりに仰け反らせ、赤い唇からは甘ったるい声が漏れる。

『莉央、綺麗だ。君はとても美しい』

 レースのショーツも彼の手で優しく取り払われ、生まれたままの姿を晒す。貴嶋が脱ぎ捨てた彼の服と莉央の服がベッドの下に散らばって、甘い吐息が室内を包む。

『お兄さんの感覚を消してもいい?』
「消して……全部……」

 すべて、消してしまいたかった。兄を愛したこの心も兄に愛されたこの身体も、消えてなくして、生まれ変わりたかった。

 俊哉がつけたキスマークは消え失せ、代わりに貴嶋の痕跡が身体に残る。俊哉に植え付けられたエクスタシーの感覚も貴嶋の感覚に上書きされる。

 貴嶋の身体は細身なのに胸板や背中には逞しい筋肉がついていた。その筋肉が今は汗に濡れていて、とてもエロティックだ。

 莉央は彼の身体にしがみつき、ひとつに繋がる彼と彼女の律動がシンクロする。二人分の汗が染み込んだ白いシーツはぐしゃぐしゃに乱れ、加速する快楽は止まらない。
貴嶋に激しく突かれた莉央は叫びに似た甘い声を上げて果てた。

 これは生まれ変わりの儀式かもしれない。
何も出来なかった無力な少女からクイーンになるための……置いてきた兄を忘れるための……。
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