早河シリーズ第三幕【堕天使】
 ──2000年5月、東京。
 香道なぎさが聖蘭学園に入学して1ヶ月。

1ヶ月も経てばクラスにはいくつかの仲良しグループが編成され、なぎさも同じクラスで仲良くなった四人といつも一緒にいた。
四人の名前は麻衣子、優香、千絵、紗菜。

 部活は演劇部に所属し、華の女子高生の生活を満喫していたなぎさには、ただひとつ気掛かりなことがあった。それはあの子のこと。

あの子はいつもひとりでいる。登下校、移動教室、昼休み……いつもひとりで過ごしている彼女の名前は寺沢莉央。

(どうして寺沢さんはいつもひとりなんだろう?)

 美術の時間、写生で校内の庭に出ていたなぎさは一緒にいた仲良し四人組にその疑問をぶつけてみた。

「寺沢さん? ああ……なんか話しかけにくいよね。オーラがひとりだけ違うって言うか」
「うんうん。綺麗過ぎて近寄り難いかな」

紗菜が言い、麻衣子が頷く。次は優香と千絵だ。

「儚げな美人って感じだよね。ひとりだけ大人びてるって言うか……手足もモデルみたいにスラッとしてるし、雰囲気が年上みたいな気がして緊張する」
「話しかけても“うん”くらいしか言わないからなぁ……何考えてるのかちょっとわかんない」

 決して悪口ではないのだ。皆、それぞれ寺沢莉央へのアプローチを試みては失敗している。
とにかく寺沢莉央は無口だった。
それゆえに冷たい印象を周囲に与えている。

 寺沢莉央の容姿は小さな顔に陶器のような白い肌、目鼻立ちの整った綺麗な顔立ちにサラサラのセミロングの黒髪、折れてしまいそうな細い身体にスラリと長い手脚。
誰もが口を揃えて寺沢莉央を美少女と表現した。

高校生にしては大人びた雰囲気を持つ彼女はクラスでも浮いた存在だった。教師ですら寺沢莉央には容易に話しかけない。
堅物な男性教諭も寺沢莉央を前にするといつも頬を染めていた。

 あの綺麗な顔で微笑めば誰もが寺沢莉央に心を奪われるに違いないのに彼女は笑わない。たとえるなら無表情のビスクドール。

彼女は本当に生きているの? 本当はよくできた高性能ロボットか人形で、背中にスイッチがあったりしないだろうか?

まるで喜怒哀楽すべての感情を失っているような少女はひとりで何を考えているのだろう?
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