早河シリーズ第三幕【堕天使】
 翌朝、聖蘭学園に向かう途中にある渋谷区の勢揃坂《せいぞろいざか》でなぎさは寺沢莉央の姿を見つけた。
聖蘭学園の同じ制服で溢れた群衆の中でも莉央はひときわ目立つ。早歩きをして前を歩く彼女に追い付き、莉央の肩を軽く叩いた。

「寺沢さん。おっはよー!」
「あっ……えっと……おはよう」

突然、なぎさに話しかけられて莉央は戸惑いがちに小さな顔を傾けた。

「ごめんなさい。同じクラスなのはわかるんですけど、あなたの名前が思い出せなくて……」
「香道なぎさ。なぎさって呼んでね」
「なぎさ、ちゃん……」
「呼び捨てでいいよ。私も莉央って呼んでいい?」
「……はい」

 莉央は間近で見るとますます美少女だった。街で芸能事務所のスカウトをされたりもするかもしれない。

こんなに顔が綺麗なら毎日楽しいだろうなと、なぎさは楽天的に思っていた。

「あのね、ウザイなって思われるかもしれないけど私、莉央と友達になりたいの」
「私と?」

 莉央は猫みたいな綺麗な二重瞼を何度かまばたきさせた。長い睫毛の奥の漆黒の瞳に吸い込まれそうだ。

「一目惚れって言うのかな。あ、変な意味じゃないよ? 私は男の子が好きだし、好きなタイプは俳優の一ノ瀬蓮で……じゃなかった。だから初めて莉央を見た時から友達になりたいと思ってたの。私と友達になってください!」

 なぎさが大きな声を出したことで周りにいた生徒達が一様に振り返ってなぎさと莉央を見ていた。注目を浴びてしまったなぎさは恥ずかしくて頬を染める。
莉央がやがて口元に手を当てて笑い出した。

「なぎさって面白い人だね」

莉央の笑顔はなぎさの思った通り、天使のように優しく美しかった。それから二人は勢揃坂を歩いて学校を目指す。

「私ね、中学まで北海道に住んでいたの。中二の夏に東京に来たんだけど今もまだ東京の生活に馴染めなくて……」

 寺沢莉央はビスクドールでもロボットでも無口でも冷たくもない。彼女は新しい環境に馴染めずに人見知りをしてしまう不器用な女の子だったのだ。
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