早河シリーズ第三幕【堕天使】
 銃弾は宏伸の顔の真横をかすめ、壁にめり込んだ。

「私、アメリカで射撃訓練を受けたの。射撃を教えてくれたマフィアに筋が良いと誉められたわ。今のはわざと外しただけ。次は外さない」

顔面蒼白の宏伸に微笑みかける莉央。これが半分血の繋がった兄と妹の9年振りの再会だ。

「誰が薬をすり替えたかなんて、どうでもいい。雅子さんが薬をすり替えたと知っていて黙認したあなたも同罪よ。ねぇ、お兄さん。いいこと教えてあげましょうか」

 莉央は前傾姿勢になり、組んだ脚の上に頬杖をついてその上に小さな顔を乗せた。猫に似た瞳が宏伸を射る。

「お父様はね、あなた達には内緒で巨額の隠し財産を持っていたの。その財産を管理していた銀行口座もあなた達が知らないお父様名義の土地もお父様はすべて私名義にして私に遺してくれたのよ」
『なんだって……? お前に財産が渡ったなんて話は弁護士は一言も……』
「馬鹿ね。樋口家の顧問弁護士はあなた達の手駒でしょう?」

宏伸の驚いた顔を見て莉央は高らかに笑う。

「私に財産が行き渡るように手配をしてくれた弁護士は樋口家の顧問弁護士ではなく、お父様の長年の友人の方。私は当時未成年だったから、その弁護士の方が代理人として手続きを行ってくれた。お父様は自分の死期が近いこと、あなたや雅子さんが自分を殺そうと企てていることに気付いていた。だから自分が居なくなった後の残された私の行く末を心配して、私が路頭に迷わないようにお金と土地を遺してくれたのよ。でも……」

 莉央は一度言葉を切り、息をついて再び口を開いた。

「お父様が亡くなった後のあの地獄を考えれば路頭に迷って死んだ方がマシだった。お父様の葬儀が終わった夜、あなたと俊哉兄さんが私に何をしたか、まさか忘れてはいないでしょ?」

冷たく突き刺さる莉央の視線に堪えられなくなった宏伸は目をそらして唇を噛んだ。

「あんな屈辱的なことない。あなたと俊哉兄さんは私の身体をめちゃくちゃに弄んで……信じられなかった。私は半分血の繋がった妹なのに。雅子さんは見て見ぬフリして助けようともしないで、私があなた達兄弟を誘惑してきたと言ってきた。ひどい人達ね」
『許してくれ。あれは一時の気の迷いだったんだ』
「お父様の葬儀が終わった夜に腹違いの妹を犯しておいて許してくれ? ふざけないでよ。あの時だけじゃない。あなた達兄弟は何度も私を玩具にして遊んだ。あなた達から逃げるために私はあの家を出た。……死ぬつもりだった。でも私を救ってくれる人に出逢ったの」

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