早河シリーズ第三幕【堕天使】
 また鉄の扉が開いて足音が近付いてきた。それもひとりではない、複数の足音。

『あなたは私の大切な莉央を随分と苦しめてくれたようですね』

ダークスーツを纏った貴嶋佑聖が現れた。貴嶋の後ろには多数の男が控えている。

『お前誰だ?』
『私はキングと申します』

訝しげな視線を送る宏伸に対して貴嶋は優雅に会釈した。宏伸は鼻で笑い、椅子の上でふんぞり返る。

『はっ。キングだかなんだか知らないがお前、莉央にたらしこまれた男か? この女は昔から男を籠絡《ろうらく》する術に長けていてね。お前も都合のいいように利用されてるんだろう? この頭のおかしな女から離れた方が身のためだぜ』

 横柄な態度の宏伸の太ももに容赦なく銃弾が撃ち込まれる。宏伸が悲鳴をあげた。

『口の利き方に気を付けろ。自分の立場をわかっていないようだな?』

宏伸に発砲したのは後方に控えているケルベロス。椅子から立ち上がった莉央は貴嶋に寄り添った。

『まぁまぁケルベロス。これでも莉央のお兄さんだ。丁重にもてなしてあげようではないか。……お兄さま、ご紹介しましょう。彼女は我等がクイーン、私の大切な恋人です』

 貴嶋は莉央の肩を抱いた。撃たれた脚の痛みに顔を歪める宏伸は恐怖と驚愕の目で彼らを見上げる。

『クイーン?』
「そう。私は犯罪組織カオスのクイーン。だけどあなたに詳しく説明してあげる必要もないわね。もうすぐあなたは死ぬんだから」
『おい莉央……正気か? 本当に俺を殺すのか? 俺はお前の兄だぞ?』
「あなたを兄だと思ったことは一度もない。……ケルベロス、処刑の時間にしましょう」

 莉央がケルベロスに指示をする。キングとクイーン、二人の主君に忠実なケルベロスが合図を送ると部屋にいた数人の男が宏伸の周りを取り囲んだ。

「最後は私に殺らせてね。それまでは思う存分楽しんで」
『かしこまりました』

莉央の命令を受けたケルベロスは表情ひとつ変えずに宏伸の肩を撃つ。後ろに大きくのけ反った宏伸は椅子ごと冷たいコンクリートの床に倒れ込んだ。

『莉央…お願いだ……助けて……くれ……』

喘ぎ苦しむ宏伸を見下ろす莉央は美しい微笑を浮かべている。闇に堕ちた天使の微笑み。

「さようなら。“お兄さん”」

 やがて莉央の持つベレッタのトリガーが再び引かれた。
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