早河シリーズ第三幕【堕天使】
3月20日(Fri)午後9時
樋口コーポレーション本社二十五階、会長室。樋口雅子は疲れきった顔をデスクに伏せた。
「何なのよ……どうして私がこんな目に遭わなくちゃいけないのよ」
17日に樋口財閥の主治医で雅子の愛人の永山医師が何者かに射殺された。息子の宏伸に続いて愛人の永山、そして急速に下がり続ける樋口コーポレーションの株価。
張り詰めた雅子の神経の糸は今にも切れてしまいそうだった。
「まだわからないの?」
女の声が聞こえて雅子は顔を上げる。黒のトレンチコートを羽織った白いワンピースの女が立っていた。
「お久しぶり。雅子さん」
半分開いた会長室の扉にもたれて莉央が微笑んでいる。雅子の顔はこの世のものではないものを見たかのように青ざめていた。
「あんたは……莉央……」
「7年振りね。ご機嫌いかが?」
莉央のハイヒールが会長室の絨毯を品よく踏みしめる。
黒いパンプスの底は鮮やかなレッドソール。黒と白と赤を纏う彼女は天使にも悪魔にも見える。
「どうやってここに……部外者はここまで入れないわよ!」
「樋口コーポレーションのセキュリティシステムをハッキングして一時的にセキュリティを解除したのよ」
「ハッキング……?」
樋口コーポレーションのセキュリティシステムは専門のエンジニアに任せている。会長室がある二十五階の通路は指紋認証を通らなければ通過できない。
「悪いけど樋口コーポレーションのデータベースにも侵入させてもらいました」
「あんたにそんなことができるのっ?」
「まさか。ハッキングしたのは私じゃない。あなたが雇っているエンジニアよりも優秀なエンジニアがこちらにはいるの。ここまでの大企業なのに管理は甘いのね。プログラムが弱いから簡単にハッキングできたってうちの組織のハッカーが言っていたわ」
「組織のハッカーってあんた一体……」
雅子は立ち上がって莉央と間合いをとる。莉央は窓のブラインドを上げた。二十五階から見下ろすのはオフィス街の夜景。
「あんたが宏伸を殺したのね?」
「そうよ。私がお兄さんを殺した」
「なんでそんなことを……」
「なんで? お兄さん達が私に何をしたか知ってるくせに」
振り向いた莉央の手に握られているのは宏伸を撃った銃と同じ、ベレッタ92。彼女は雅子に銃口を向け、天使のような美しい顔で悪魔の言葉を囁いた。
「私はあなたを絶対に許さない」
雅子は青白い顔をブルブルと左右に振り続ける。莉央は片目を細くして雅子を見据えた。
「雅子さん。あなたが私を憎むのはわかる。あなたからお父様を奪った母さんと私はあなたにとっては憎い存在よ。私も同じことをされれば、愛人の子供にきつく当たるかもしれない。だから別にあなたが私に辛く当たることに文句はなかったの。だけど私が兄さん達に犯された時、あなたはそれを見て見ぬフリした」
「わ、私は……」
「あの時のあなたの目をまだ覚えてる。汚らわしいものを見る目で私を見ていた。あなたも女ならわかるでしょう? アレが女にとってどれほど屈辱的なことか」
莉央の拳銃は雅子の額の中央を狙っている。
樋口コーポレーション本社二十五階、会長室。樋口雅子は疲れきった顔をデスクに伏せた。
「何なのよ……どうして私がこんな目に遭わなくちゃいけないのよ」
17日に樋口財閥の主治医で雅子の愛人の永山医師が何者かに射殺された。息子の宏伸に続いて愛人の永山、そして急速に下がり続ける樋口コーポレーションの株価。
張り詰めた雅子の神経の糸は今にも切れてしまいそうだった。
「まだわからないの?」
女の声が聞こえて雅子は顔を上げる。黒のトレンチコートを羽織った白いワンピースの女が立っていた。
「お久しぶり。雅子さん」
半分開いた会長室の扉にもたれて莉央が微笑んでいる。雅子の顔はこの世のものではないものを見たかのように青ざめていた。
「あんたは……莉央……」
「7年振りね。ご機嫌いかが?」
莉央のハイヒールが会長室の絨毯を品よく踏みしめる。
黒いパンプスの底は鮮やかなレッドソール。黒と白と赤を纏う彼女は天使にも悪魔にも見える。
「どうやってここに……部外者はここまで入れないわよ!」
「樋口コーポレーションのセキュリティシステムをハッキングして一時的にセキュリティを解除したのよ」
「ハッキング……?」
樋口コーポレーションのセキュリティシステムは専門のエンジニアに任せている。会長室がある二十五階の通路は指紋認証を通らなければ通過できない。
「悪いけど樋口コーポレーションのデータベースにも侵入させてもらいました」
「あんたにそんなことができるのっ?」
「まさか。ハッキングしたのは私じゃない。あなたが雇っているエンジニアよりも優秀なエンジニアがこちらにはいるの。ここまでの大企業なのに管理は甘いのね。プログラムが弱いから簡単にハッキングできたってうちの組織のハッカーが言っていたわ」
「組織のハッカーってあんた一体……」
雅子は立ち上がって莉央と間合いをとる。莉央は窓のブラインドを上げた。二十五階から見下ろすのはオフィス街の夜景。
「あんたが宏伸を殺したのね?」
「そうよ。私がお兄さんを殺した」
「なんでそんなことを……」
「なんで? お兄さん達が私に何をしたか知ってるくせに」
振り向いた莉央の手に握られているのは宏伸を撃った銃と同じ、ベレッタ92。彼女は雅子に銃口を向け、天使のような美しい顔で悪魔の言葉を囁いた。
「私はあなたを絶対に許さない」
雅子は青白い顔をブルブルと左右に振り続ける。莉央は片目を細くして雅子を見据えた。
「雅子さん。あなたが私を憎むのはわかる。あなたからお父様を奪った母さんと私はあなたにとっては憎い存在よ。私も同じことをされれば、愛人の子供にきつく当たるかもしれない。だから別にあなたが私に辛く当たることに文句はなかったの。だけど私が兄さん達に犯された時、あなたはそれを見て見ぬフリした」
「わ、私は……」
「あの時のあなたの目をまだ覚えてる。汚らわしいものを見る目で私を見ていた。あなたも女ならわかるでしょう? アレが女にとってどれほど屈辱的なことか」
莉央の拳銃は雅子の額の中央を狙っている。