早河シリーズ第三幕【堕天使】
「あなたが私を憎むのは仕方ない。でも同じ女として考えたらどうなの? あなたは女として最低なことを私にしたのよ。ねぇ、少しは私を助けようと思わなかった?」

 雅子は無言だった。莉央は最初から答えなんて求めていない。本題はここからだ。

「それだけじゃない。あなたはお父様を殺した」
「あれは私じゃない! 私は何も知らない!」
「宏伸兄さんも同じことを言っていた。薬をすり替えたのは母さんだ、ってね」

 莉央はポケットに入れていたボイスレコーダーを雅子に見せる。再生ボタンを押すと処刑前の宏伸と莉央のやりとりの録音が室内に流れた。

{──親父の薬をすり替えたのは母さんで……}

莉央はそこで再生を停止した。雅子が舌打ちして悔しげに唇を噛む。

「あなたのせいで母は東京を追われ、お父様は私を認知することもできなかった。でも私はあなたを恨んだりしなかった。お父様が私を娘だと思ってくれるだけで嬉しかった。北海道でお父様と母と三人で居られて幸せだったから。なのにあなたは私からお父様を奪った」
「違うのよ……。あれを最初にやろうと言い出したのは俊哉なの! あの人が死んだことと私は関係ない」

 雅子がデスクの上の電話機に手を伸ばそうとした。雅子の動きを読んだ莉央は銃の狙いを雅子から外して電話機に向けて発砲した。

発砲に腰を抜かせて尻餅をついた雅子の前に、莉央が立ちはだかる。彼女は冷たい目で雅子を見下ろした。

「あなた達親子はどこまでも腐ってるのねぇ。責任の擦り付けばかり。聞いてて吐き気がする」
「ね、ねぇ莉央……助けてちょうだい……今までのことは謝るから、殺さないで! 土下座でも何でもするわ。そうだ! お金、お金をあげるわ! いくら欲しい?」

 わざとらしく土下座して命乞いする雅子の前で莉央は呆れの溜息をついた。

「お金はいらない。生憎《あいにく》だけどお父様が私に遺してくれた遺産のおかげでお金には不自由していないのよね」
「あの人があんたに遺産をっ?」
「宏伸兄さんも同じ顔して驚いていた。知らなくて当然よ。お父様はあなた達に内緒で隠し持っていた財産を全て私に遺してくれたの。相続で私には1円も入らないように画策していたのに残念だったわね」
「そんな……」

雅子は頭を抱えて呻いた。拳を激しく床に打ち付け、髪を振り乱して喚《わめ》いている。
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