早河シリーズ第三幕【堕天使】
樋口宏伸殺害が樋口家への怨恨の可能性があると考えた捜査本部は樋口雅子、俊哉への警護の目的で樋口コーポレーション付近に刑事を配置していた。
樋口雅子が会長を務める樋口コーポレーションの本社は丸の内のオフィス街にある高層ビル。
本社に面した通りに停めた車から雅子の警護兼、張り込みを担当する若い男性刑事の林は残業を終えて続々とビルから出てくるサラリーマンやOLを目で追った。
今出て来たあのうるさい軍団はこれから飲みにでも行くのだろうか。そう言えば今日は金曜日。
なるほどあれが花金に浮かれる人間達か。警察に就職した林には花金なんて無縁の言葉だ。
ドリンクホルダーに置いた缶コーヒーの中身は空だった。さっき飲み干してしまったのを忘れていた。
『池下さん、あそこのコンビニまでコーヒー買ってきてもいいですか?』
『じゃあ俺のも頼む。あと肉まんもな』
『肉まん、まだ売ってますかねぇ』
『3月ならまだあるんじゃねえの?』
肉まんがコンビニから消えるのは何月? とそんなくだらないことを考える余裕がこの時の林刑事にはまだあった。
車を降りた林は首をすぼめた。3月の夜はまだ肌寒い。先輩刑事の池下の分のお使いも頼まれてしまい、彼は足早に数十メートル先のコンビニに向かった。
樋口雅子が殺害されたと捜査本部から連絡が入ったのは林が肉まんの入るコンビニの袋を提げて車に戻ってきた直後だった。
樋口コーポレーション二十五階会長室。倒れたリクライニングチェアー、散乱する書類、破壊されて床に転がる電話機はおもちゃの残骸のよう。
70歳にしては若々しくスラリとした二本の脚は無造作に投げ出され、うつ伏せに倒れる樋口雅子の目は血走っていた。雅子の頭部から流れ出た血が灰色の絨毯の上に黒ずんだ染みを作っている。
『頭に一発か。即死だな』
上野恭一郎は血走る雅子の目を手で覆い、まぶたを閉じさせた。部下の小山真紀が室内に入ってくる。
「警部、樋口雅子の殺害時刻直前にこのビルのセキュリティシステムがエラーを起こしたそうです」
『エラー?』
「はい。エラーは3分程度のものだったらしいですが、その間はビルのセキュリティが無効になり、社員専用のIDカードがなくても誰でも社内に出入りできる状態になっていたとか。25階の会長室に繋がる通路の指紋認証機能もオフになっていました」
『とすると、その無効になった3分間に犯人が社内に侵入して雅子を殺害、逃亡したと言うことか』
『エラーを起こしたのはセキュリティシステムだけではないようですよ』
原昌也が樋口俊哉ともうひとり男を連れて会長室に現れた。
樋口雅子が会長を務める樋口コーポレーションの本社は丸の内のオフィス街にある高層ビル。
本社に面した通りに停めた車から雅子の警護兼、張り込みを担当する若い男性刑事の林は残業を終えて続々とビルから出てくるサラリーマンやOLを目で追った。
今出て来たあのうるさい軍団はこれから飲みにでも行くのだろうか。そう言えば今日は金曜日。
なるほどあれが花金に浮かれる人間達か。警察に就職した林には花金なんて無縁の言葉だ。
ドリンクホルダーに置いた缶コーヒーの中身は空だった。さっき飲み干してしまったのを忘れていた。
『池下さん、あそこのコンビニまでコーヒー買ってきてもいいですか?』
『じゃあ俺のも頼む。あと肉まんもな』
『肉まん、まだ売ってますかねぇ』
『3月ならまだあるんじゃねえの?』
肉まんがコンビニから消えるのは何月? とそんなくだらないことを考える余裕がこの時の林刑事にはまだあった。
車を降りた林は首をすぼめた。3月の夜はまだ肌寒い。先輩刑事の池下の分のお使いも頼まれてしまい、彼は足早に数十メートル先のコンビニに向かった。
樋口雅子が殺害されたと捜査本部から連絡が入ったのは林が肉まんの入るコンビニの袋を提げて車に戻ってきた直後だった。
樋口コーポレーション二十五階会長室。倒れたリクライニングチェアー、散乱する書類、破壊されて床に転がる電話機はおもちゃの残骸のよう。
70歳にしては若々しくスラリとした二本の脚は無造作に投げ出され、うつ伏せに倒れる樋口雅子の目は血走っていた。雅子の頭部から流れ出た血が灰色の絨毯の上に黒ずんだ染みを作っている。
『頭に一発か。即死だな』
上野恭一郎は血走る雅子の目を手で覆い、まぶたを閉じさせた。部下の小山真紀が室内に入ってくる。
「警部、樋口雅子の殺害時刻直前にこのビルのセキュリティシステムがエラーを起こしたそうです」
『エラー?』
「はい。エラーは3分程度のものだったらしいですが、その間はビルのセキュリティが無効になり、社員専用のIDカードがなくても誰でも社内に出入りできる状態になっていたとか。25階の会長室に繋がる通路の指紋認証機能もオフになっていました」
『とすると、その無効になった3分間に犯人が社内に侵入して雅子を殺害、逃亡したと言うことか』
『エラーを起こしたのはセキュリティシステムだけではないようですよ』
原昌也が樋口俊哉ともうひとり男を連れて会長室に現れた。