早河シリーズ第三幕【堕天使】
大きな玄関を入ってすぐに長い廊下があった。廊下の途中に階段があり、天井にはシャンデリアが吊るされている。
見るものすべてが刺激的な世界だった。
『雅子達は?』
「皆様お揃いでございます。俊哉様だけがまだお部屋に。すぐにお呼びして参ります」
『頼む。莉央、来なさい』
祥一はキョロキョロと辺りの様子を窺う莉央の手を取る。莉央はまた不安げに父を見上げた。
『大丈夫だ。莉央は私の大事な娘。私の家族だ。莉央のことはお父さんが守るからね』
「はい……」
消え入りそうな声で頷き、足を進める。祥一に連れられて入ったそこはリビングだった。
L字型の大きなソファーに二人の人間が座っている。その二人の視線が一斉に祥一の後ろにいる莉央に向いた。
『妻の雅子と長男の宏伸だ』
祥一の妻、雅子はツンと澄ましたキツそうな顔立ちに銀縁の眼鏡をかけている。長男の宏伸は小太りで丸顔。
父から聞いた話では宏伸はまだ三十代の後半のはずだが、年齢のわりには顔や体の肉付きがいい。
莉央は二人の視線から冷たさ、軽蔑、好奇……あまり歓迎されていない空気を敏感に感じ取った。
「あの……莉央です。これからお世話になります」
感じの悪い二人だと思いながらも莉央は深々と頭を下げた。ここで変な態度をすれば母の教育が悪いと言われるかもしれない。
母のことを悪く言われるのも、父に迷惑がかかるのも避けたかった。
『あれ、けっこう早く着いたんだな』
祥一と莉央より遅れてひとりの男がスリッパの音を鳴らして部屋に入ってきた。彼は寝癖のついた頭を掻いている。
『遅いぞ俊哉。また寝坊か』
『昨日遅くまで飲んでたんだ。それにまだ昼前だぜ』
『充分寝坊だ。まったく。莉央、これが次男の俊哉。俊哉は莉央と歳が近いから気楽に話せると思うよ』
『歳が近いって言っても12歳差だけど』
あくびをした俊哉が莉央の前に立って彼女を見下ろした。
彼は長男の宏伸とは容姿がまるで似ていない。俊哉は顔立ちも良く、細身で背も高い。目元や雰囲気は父の祥一に似ていて、格好いい人だと思った。
『一応は兄ちゃんだからよろしくな』
「……よろしくお願いします」
莉央の髪をクシャクシャと撫でた俊哉は陽気に笑っていた。
これまで年上の男性との交流なんて縁がなかった莉央が初めて目にした“父親でも教師でもない年上の異性”が俊哉だった。
そんな人に頭を撫でられて急に恥ずかしくなる。
無骨な態度の雅子や宏伸とは違って親しみやすい俊哉の雰囲気に萎縮していた莉央の心が少しだけ和らいだ。
『莉央の部屋は三階だ。行こう』
祥一に呼ばれて莉央は三人に一礼してリビングを出た。
見るものすべてが刺激的な世界だった。
『雅子達は?』
「皆様お揃いでございます。俊哉様だけがまだお部屋に。すぐにお呼びして参ります」
『頼む。莉央、来なさい』
祥一はキョロキョロと辺りの様子を窺う莉央の手を取る。莉央はまた不安げに父を見上げた。
『大丈夫だ。莉央は私の大事な娘。私の家族だ。莉央のことはお父さんが守るからね』
「はい……」
消え入りそうな声で頷き、足を進める。祥一に連れられて入ったそこはリビングだった。
L字型の大きなソファーに二人の人間が座っている。その二人の視線が一斉に祥一の後ろにいる莉央に向いた。
『妻の雅子と長男の宏伸だ』
祥一の妻、雅子はツンと澄ましたキツそうな顔立ちに銀縁の眼鏡をかけている。長男の宏伸は小太りで丸顔。
父から聞いた話では宏伸はまだ三十代の後半のはずだが、年齢のわりには顔や体の肉付きがいい。
莉央は二人の視線から冷たさ、軽蔑、好奇……あまり歓迎されていない空気を敏感に感じ取った。
「あの……莉央です。これからお世話になります」
感じの悪い二人だと思いながらも莉央は深々と頭を下げた。ここで変な態度をすれば母の教育が悪いと言われるかもしれない。
母のことを悪く言われるのも、父に迷惑がかかるのも避けたかった。
『あれ、けっこう早く着いたんだな』
祥一と莉央より遅れてひとりの男がスリッパの音を鳴らして部屋に入ってきた。彼は寝癖のついた頭を掻いている。
『遅いぞ俊哉。また寝坊か』
『昨日遅くまで飲んでたんだ。それにまだ昼前だぜ』
『充分寝坊だ。まったく。莉央、これが次男の俊哉。俊哉は莉央と歳が近いから気楽に話せると思うよ』
『歳が近いって言っても12歳差だけど』
あくびをした俊哉が莉央の前に立って彼女を見下ろした。
彼は長男の宏伸とは容姿がまるで似ていない。俊哉は顔立ちも良く、細身で背も高い。目元や雰囲気は父の祥一に似ていて、格好いい人だと思った。
『一応は兄ちゃんだからよろしくな』
「……よろしくお願いします」
莉央の髪をクシャクシャと撫でた俊哉は陽気に笑っていた。
これまで年上の男性との交流なんて縁がなかった莉央が初めて目にした“父親でも教師でもない年上の異性”が俊哉だった。
そんな人に頭を撫でられて急に恥ずかしくなる。
無骨な態度の雅子や宏伸とは違って親しみやすい俊哉の雰囲気に萎縮していた莉央の心が少しだけ和らいだ。
『莉央の部屋は三階だ。行こう』
祥一に呼ばれて莉央は三人に一礼してリビングを出た。