早河シリーズ第三幕【堕天使】
2000年6月。莉央が北海道から東京に移り住んで今年の夏で丸2年になる。
私立の名門女子校、聖蘭学園に入学した莉央は最近になってようやく友達が出来てクラスに馴染めるようになった。
莉央がクラスに馴染めるきっかけを作ってくれた初めての友人、香道なぎさ。明るくて元気のいいなぎさと一緒にいると莉央は自然と笑顔になれた。
それは梅雨入りしたばかりの6月の土曜日。午前授業で学校が終わった帰り道、莉央はなぎさを含めたクラスの友達と新宿まで遊びに出ていた。
父親と出掛ける時は運転手の送迎つき、ひとりで東京の街を出歩いた経験もない莉央にとって、学校帰りの友達との買い食いや少しの寄り道が新鮮だった。
カフェに入り、新作のケーキを食べながらお喋りをするこの時間が莉央にはとても楽しい時間だった。
「ねぇねぇ、莉央は好きな人いる?」
仲良し組のひとりの優香に尋ねられて莉央は苦笑いしてかぶりを振った。
「いないよ。私、男の子って苦手で」
「じゃあ初恋もまだなの?」
話題に千絵が食い付いてきた。困った莉央はなぎさに助けを求めるが、なぎさは今は麻衣子と共にスイーツバイキングの列に並んでいてこちらの状況に気付かない。
「保育園の頃に仲良しだった男の子はいたけど初恋でもない気がするんだよね。恋ってよくわからないの」
どうにかその場をやり過ごした莉央だったが、初恋と聞かれて真っ先に兄の俊哉の顔が浮かんでしまったのは何故だろう。
義母の雅子ももうひとりの兄の宏伸も莉央には冷たく当たる。しかし俊哉だけは優しかった。きっとあれが“兄”の優しさだ。でも恋なんてあり得ない。
彼は半分血の繋がった異母兄《あに》。
俊哉が優しいから、俊哉の顔立ちや雰囲気が父親の祥一とよく似ているから彼への安心感が生まれているだけ。それだけだ。
そろそろ帰ろうと皆が席を立った時、入り口の扉が開いて男女の二人組が店内に現れた。
莉央は二人組の男性の方を見て驚いた。俊哉だった。
俊哉はレジカウンターでメニュー表を見ていて莉央の存在に気付かない。俊哉の横にはスタイルのいいミニスカートの若い女が寄り添っていた。
「莉央? どうしたのー?」
通路の前方を歩いていたなぎさが振り向いて莉央の名を呼ぶ。俊哉がその声に反応して莉央へ顔を向けた。
初めて俊哉が莉央の存在を認識し、二人の視線が一瞬だけ交わる。
「なんでもない」
莉央と俊哉は同時に目をそらした。俊哉は連れの女に話しかけ、莉央は俊哉の後ろを素通りして皆と一緒に店を出た。
どうして、どうして、どうして。俊哉が女と一緒にいる場面を見て心がざわついている。どうして、どうして、どうして?
その夜、俊哉が帰って来たのか莉央は知らない。キッチンの壁にかけられたホワイトボードの俊哉のスケジュール欄には今晩の夕食がいらないことを意味する×印が書いてあった。
俊哉は今夜は帰ってこないかもしれない。カフェで一緒にいた女は誰なのか、彼女は俊哉の何なのか……そんな些末なことを気にしている自分が嫌になって、莉央は私には関係ないと言い聞かせて眠りについた。
私立の名門女子校、聖蘭学園に入学した莉央は最近になってようやく友達が出来てクラスに馴染めるようになった。
莉央がクラスに馴染めるきっかけを作ってくれた初めての友人、香道なぎさ。明るくて元気のいいなぎさと一緒にいると莉央は自然と笑顔になれた。
それは梅雨入りしたばかりの6月の土曜日。午前授業で学校が終わった帰り道、莉央はなぎさを含めたクラスの友達と新宿まで遊びに出ていた。
父親と出掛ける時は運転手の送迎つき、ひとりで東京の街を出歩いた経験もない莉央にとって、学校帰りの友達との買い食いや少しの寄り道が新鮮だった。
カフェに入り、新作のケーキを食べながらお喋りをするこの時間が莉央にはとても楽しい時間だった。
「ねぇねぇ、莉央は好きな人いる?」
仲良し組のひとりの優香に尋ねられて莉央は苦笑いしてかぶりを振った。
「いないよ。私、男の子って苦手で」
「じゃあ初恋もまだなの?」
話題に千絵が食い付いてきた。困った莉央はなぎさに助けを求めるが、なぎさは今は麻衣子と共にスイーツバイキングの列に並んでいてこちらの状況に気付かない。
「保育園の頃に仲良しだった男の子はいたけど初恋でもない気がするんだよね。恋ってよくわからないの」
どうにかその場をやり過ごした莉央だったが、初恋と聞かれて真っ先に兄の俊哉の顔が浮かんでしまったのは何故だろう。
義母の雅子ももうひとりの兄の宏伸も莉央には冷たく当たる。しかし俊哉だけは優しかった。きっとあれが“兄”の優しさだ。でも恋なんてあり得ない。
彼は半分血の繋がった異母兄《あに》。
俊哉が優しいから、俊哉の顔立ちや雰囲気が父親の祥一とよく似ているから彼への安心感が生まれているだけ。それだけだ。
そろそろ帰ろうと皆が席を立った時、入り口の扉が開いて男女の二人組が店内に現れた。
莉央は二人組の男性の方を見て驚いた。俊哉だった。
俊哉はレジカウンターでメニュー表を見ていて莉央の存在に気付かない。俊哉の横にはスタイルのいいミニスカートの若い女が寄り添っていた。
「莉央? どうしたのー?」
通路の前方を歩いていたなぎさが振り向いて莉央の名を呼ぶ。俊哉がその声に反応して莉央へ顔を向けた。
初めて俊哉が莉央の存在を認識し、二人の視線が一瞬だけ交わる。
「なんでもない」
莉央と俊哉は同時に目をそらした。俊哉は連れの女に話しかけ、莉央は俊哉の後ろを素通りして皆と一緒に店を出た。
どうして、どうして、どうして。俊哉が女と一緒にいる場面を見て心がざわついている。どうして、どうして、どうして?
その夜、俊哉が帰って来たのか莉央は知らない。キッチンの壁にかけられたホワイトボードの俊哉のスケジュール欄には今晩の夕食がいらないことを意味する×印が書いてあった。
俊哉は今夜は帰ってこないかもしれない。カフェで一緒にいた女は誰なのか、彼女は俊哉の何なのか……そんな些末なことを気にしている自分が嫌になって、莉央は私には関係ないと言い聞かせて眠りについた。