早河シリーズ第三幕【堕天使】
翌日、日曜日の午前10時。トメと共に庭の花壇の手入れをしていた莉央は、寝癖をつけたボサボサ頭の俊哉がリビングに入ってきたのを窓越しに捕らえた。
たった今起きたばかりらしい俊哉はダイニングテーブルの席について用意されていた自分の分の朝食を頬張っていた。
庭から家の中に戻った莉央がダイニングに入る。
「おはようございます」
『おはよ』
まだ眠そうな俊哉は莉央を見ずに返事をする。莉央はそれ以上は話しかけず、隣のキッチンに向かった。冷蔵庫からジュースを出し入れする間、背中に視線を感じたのは気のせい?
『昨日新宿にいたよな?』
ジュースを注いだグラスを持って彼の横を通り過ぎようとしたまさにその時、俊哉が口を開いた。心臓がドクンと跳ねる。
「……はい」
『学校帰りに遊びに行ける友達ができて良かったな』
「はい。……お兄さんは昨日一緒にいた人は彼女さんですか?」
たったこれだけの会話なのに顔に熱が溜まっていく。あの女性が俊哉にとってどんな存在なのか知りたかった。
『アイツは彼女じゃねぇけど似たようなもんだ』
俊哉は曖昧に言葉を濁す。彼女じゃないのに彼女と似たようなものと言われても莉央には理解できなかった。
首を傾げた莉央を見て俊哉が吹き出した。
『男と女のハナシはお子ちゃまの莉央にはまだ早いか』
「子供扱いしないでください」
『子供だよ。お前はまだ。もう高校生なんだからそろそろ彼氏のひとりやふたり作れば? そうしたら少しは色気づくと思うぞ』
「彼氏とか別に興味ないです」
『ああ、そうだよな。莉央はファザコンだった。ファザコンのうちはまだガキだよな』
最近の俊哉はよく莉央をからかって面白がる。ムッとして俊哉を睨んでもそんな攻撃彼には通用しない。
このまま不機嫌な顔を続けていれば本当に子供っぽいと思われる。莉央は溜息をつき、俊哉の斜め向かいの席についてグレープフルーツジュースを飲み干した。
『莉央いるか?』
キッチンに父の祥一が顔を出した。莉央は嬉々として祥一に駆け寄る。
『急に仕事が入ってしまってな。今日は一緒に出掛けられなくなった。ごめんな』
「そっかぁ。お仕事だから仕方ないよ。私は大丈夫。お仕事行ってきて」
今日は昼から父と出掛ける予定だった。久しぶりの父との外出がキャンセルになって正直に言えばかなり落胆している。
それでも父に心配をかけたくない莉央は仕事に向かう祥一を笑顔で見送った。