早河シリーズ第三幕【堕天使】
──頭がぼうっとする。身体中に気持ちの悪い感覚が残っている。
「お嬢様! お嬢様しっかりなさってください!」
身体を揺さぶる振動で莉央は目を開けた。電気の灯る明るい天井と家政婦のトメの顔がぼやけた視界に入る。
トメは目に涙を浮かべて悲痛な表情をしていた。
「……トメさん?」
「申し訳ございません! 私がお屋敷にいなかったばかりにこんな……。旦那様からお嬢様を御守りするようにと、仰せつかっていましたのに……」
涙を浮かべて謝罪の言葉を述べるトメを見て莉央は首を傾げた。
「トメさん、私……」
身体を起こした時に全身の不自然な違和感に気づく。肩まで毛布をかけられた身体には衣服を何も身に付けていなかった。
側にはグシャグシャになった高校の制服と莉央の下着が散乱している。
瞬時に甦る数時間前の悪夢の記憶。父の遺骨が眠るこの部屋で起きた出来事が、莉央の脳裏を高速で駆け巡った。
宏伸と俊哉の欲望にまみれたあの顔を……。
「……嫌っ……いやあああ……っ!」
莉央は頭を抱えて悲鳴をあげた。悪寒と吐き気が一気に押し寄せて口元を押さえる。
トメは莉央を抱き締めた。トメの目から流れる涙は止まらない。
「お嬢様、大丈夫! 大丈夫ですから……! とにかく早くお風呂にお入りください」
トメに支えられて浴室までフラフラと歩く莉央の目には何の感情も宿っていない。
石鹸で二人の兄に汚された身体を何度洗っても、宏伸と俊哉の感触が消えない。
生理でもないのに膣から出血していた。赤い血がお湯と石鹸の泡と混ざりあって排水溝に流れていく。
ああ、そうかと莉央はひとりごちる。“初めては血が出る”と高校の友人達が話していたことがある。
これがきっと、そうなのだ。男を無理やり受け入れさせられた莉央の中は、当たり前に傷だらけだ。
莉央はいつまでも流れていく血液混じりの石鹸の泡を眺めていた。
光の宿らない瞳でいつまでも、いつまでも。
排水溝に呑み込まれてゆく白い泡はもがれた天使の羽根のようだった。
シャワーを浴びて自室に戻った莉央は携帯電話につけていたビーズのストラップを力いっぱい引きちぎった。それは俊哉と水族館に行った時に買ってもらったストラップ。
床にビーズの玉が散らばり、ピンク色のイルカは音を立てて転がり落ちた。
手元に残るストラップの残骸を乱暴にゴミ箱に投げ捨てる。こんなものもう見たくもない。俊哉との楽しかった思い出まで汚れたものに変わった気がした。
(こんなことって……こんな仕打ちないよ。お父様の遺骨の前であんなこと……)
ベッドに潜り込み枕に顔を伏せて莉央は一晩中泣きわめいた。泣き疲れて眠った莉央が目覚めたのは、夜が明けて太陽が高くなり始めた頃だった。
窓から差し込む日差しで明るくなった部屋を見渡す。莉央が寝ている間にトメが様子を見に来たらしく、白いローテーブルにはラップがかけられたサンドイッチと小型のポットが置かれていた。
サンドイッチに手を伸ばす。昨夜あんなことがあった後で身体が重たくだるい。食欲もまったくなかった。でもトメの気遣いを無駄にしたくない。
ポットには紅茶が入っていた。保温が効いているので充分温かい。一緒に置かれたマグカップに紅茶を注ぎ、からからになった喉を紅茶で潤した。
「お嬢様! お嬢様しっかりなさってください!」
身体を揺さぶる振動で莉央は目を開けた。電気の灯る明るい天井と家政婦のトメの顔がぼやけた視界に入る。
トメは目に涙を浮かべて悲痛な表情をしていた。
「……トメさん?」
「申し訳ございません! 私がお屋敷にいなかったばかりにこんな……。旦那様からお嬢様を御守りするようにと、仰せつかっていましたのに……」
涙を浮かべて謝罪の言葉を述べるトメを見て莉央は首を傾げた。
「トメさん、私……」
身体を起こした時に全身の不自然な違和感に気づく。肩まで毛布をかけられた身体には衣服を何も身に付けていなかった。
側にはグシャグシャになった高校の制服と莉央の下着が散乱している。
瞬時に甦る数時間前の悪夢の記憶。父の遺骨が眠るこの部屋で起きた出来事が、莉央の脳裏を高速で駆け巡った。
宏伸と俊哉の欲望にまみれたあの顔を……。
「……嫌っ……いやあああ……っ!」
莉央は頭を抱えて悲鳴をあげた。悪寒と吐き気が一気に押し寄せて口元を押さえる。
トメは莉央を抱き締めた。トメの目から流れる涙は止まらない。
「お嬢様、大丈夫! 大丈夫ですから……! とにかく早くお風呂にお入りください」
トメに支えられて浴室までフラフラと歩く莉央の目には何の感情も宿っていない。
石鹸で二人の兄に汚された身体を何度洗っても、宏伸と俊哉の感触が消えない。
生理でもないのに膣から出血していた。赤い血がお湯と石鹸の泡と混ざりあって排水溝に流れていく。
ああ、そうかと莉央はひとりごちる。“初めては血が出る”と高校の友人達が話していたことがある。
これがきっと、そうなのだ。男を無理やり受け入れさせられた莉央の中は、当たり前に傷だらけだ。
莉央はいつまでも流れていく血液混じりの石鹸の泡を眺めていた。
光の宿らない瞳でいつまでも、いつまでも。
排水溝に呑み込まれてゆく白い泡はもがれた天使の羽根のようだった。
シャワーを浴びて自室に戻った莉央は携帯電話につけていたビーズのストラップを力いっぱい引きちぎった。それは俊哉と水族館に行った時に買ってもらったストラップ。
床にビーズの玉が散らばり、ピンク色のイルカは音を立てて転がり落ちた。
手元に残るストラップの残骸を乱暴にゴミ箱に投げ捨てる。こんなものもう見たくもない。俊哉との楽しかった思い出まで汚れたものに変わった気がした。
(こんなことって……こんな仕打ちないよ。お父様の遺骨の前であんなこと……)
ベッドに潜り込み枕に顔を伏せて莉央は一晩中泣きわめいた。泣き疲れて眠った莉央が目覚めたのは、夜が明けて太陽が高くなり始めた頃だった。
窓から差し込む日差しで明るくなった部屋を見渡す。莉央が寝ている間にトメが様子を見に来たらしく、白いローテーブルにはラップがかけられたサンドイッチと小型のポットが置かれていた。
サンドイッチに手を伸ばす。昨夜あんなことがあった後で身体が重たくだるい。食欲もまったくなかった。でもトメの気遣いを無駄にしたくない。
ポットには紅茶が入っていた。保温が効いているので充分温かい。一緒に置かれたマグカップに紅茶を注ぎ、からからになった喉を紅茶で潤した。