早河シリーズ第三幕【堕天使】
彼らに無理やり脱がされてしわくちゃにされた制服のブレザーやスカートには綺麗にアイロンがかけられていた。トメが整えてくれたのだろう。
「学校また休んじゃった」
父の死後、通夜と葬儀もありもう3日も学校に行っていない。今日で学校を休んで4日目だ。
学校の教師達は大方の事情を知ってはいるが、父親が亡くなったことを友人達には話していない。莉央の父親が樋口コーポレーションの会長だとは誰にも知られてはいけない。
莉央の携帯電話には詳しい事情を知らない友人達からのメールが多く届いている。携帯に昨日までついていたイルカのストラップはゴミ箱の中。
床に散らばったビーズはトメが片付けてくれたようだ。何から何までトメに世話をさせてしまった。
メールを一通ずつ開く。なぎさ、麻衣子、優香、千絵、紗菜……友人達のメールを読んでいくうちに目が潤んできて涙で画面がよく見えない。
「学校だけが私の居場所……」
この家にはすでに自分の居場所はない。この家にあるのは残酷な仕打ちと汚い大人だけ。
父がいなくなり他に頼れる人もいない今、この残酷で息苦しい世界の中で生きていくしかない。
サンドイッチを食べ終えて食器をキッチンに片付けに行くと、トメはいつもと変わらない優しさで接してくれた。
二人の兄に何をされたのか、トメは察しているはずなのに哀れみの目を向けずにいてくれたことがありがたかった。
トメはどうしてここまで親身に自分の世話をしてくれるのだろう。
今の莉央と同じくらいの年齢の時にトメは戦争を経験している。彼女は莉央よりも、もっと過酷で残酷な世界を生き抜いてきたのかもしれない。
トメがそうであったとは思わないが、時には“女”を売らないと生き抜いていけない……戦争とはそういう時代だから。
部屋に戻りベッドに寝そべった。身体が自分の身体ではないように重たい。下腹部に痛みを感じて生理痛用の鎮痛剤を飲んだ。
あれは愛情の行為なんかじゃない。拷問だ。
昨夜の出来事を思い出すとまた吐き気が込み上げてくる。
扉が開く音で莉央は飛び起きた。莉央の許可なく俊哉が部屋に入ってくる。
『よお。寝坊助』
「勝手に入らないでよ!」
『なんだよ。兄ちゃんに対して冷たい言い方だな』
「あなたなんか兄じゃないっ!」
俊哉を睨み付ける莉央。彼は薄ら笑いを浮かべてベッドにいる彼女に近付いた。
近付く俊哉に向けてベッドに並んだぬいぐるみを投げつけた。あれもこれも、ゲームセンターのクレーンゲームで俊哉がとってくれたぬいぐるみだ。
『そうだな。俺とお前はもう兄と妹じゃない』
ぬいぐるみの攻撃をいとも簡単にかわして身を屈めた俊哉は両手をベッドに乗せた。莉央は枕と布団を抱え込んで俊哉との接触を防御するも、決死の防壁もあっさり剥ぎ取られてしまう。
「どうしてあんなことしたの?」
『お前が欲しくなったから。たぶん兄貴も同じ理由』
「そんなの最低! あなた達兄弟は最低よ!」
『最低でけっこう。俺は欲しいものはどんな手を使ってでも欲しいんだよ。莉央、俺とお前は兄と妹じゃない。男と女だ』
あの優しかった兄はもういない。目の前にいるのは欲に溺れた醜い獣。
『女のお前がこの家で生きていく方法はひとつだ。俺のものになれ』
俊哉は押し倒した莉央に噛み付くようなキスをした。何度も何度も、彼は拒む莉央にキスをする。
それは呪いの呪文と呪いのキス。
翼をもがれた天使が引き摺り込まれたのは地の底に澱《よど》む情欲の底無し沼。羽根のない天使はもがいて溺れ、やがて沈んだ。
「学校また休んじゃった」
父の死後、通夜と葬儀もありもう3日も学校に行っていない。今日で学校を休んで4日目だ。
学校の教師達は大方の事情を知ってはいるが、父親が亡くなったことを友人達には話していない。莉央の父親が樋口コーポレーションの会長だとは誰にも知られてはいけない。
莉央の携帯電話には詳しい事情を知らない友人達からのメールが多く届いている。携帯に昨日までついていたイルカのストラップはゴミ箱の中。
床に散らばったビーズはトメが片付けてくれたようだ。何から何までトメに世話をさせてしまった。
メールを一通ずつ開く。なぎさ、麻衣子、優香、千絵、紗菜……友人達のメールを読んでいくうちに目が潤んできて涙で画面がよく見えない。
「学校だけが私の居場所……」
この家にはすでに自分の居場所はない。この家にあるのは残酷な仕打ちと汚い大人だけ。
父がいなくなり他に頼れる人もいない今、この残酷で息苦しい世界の中で生きていくしかない。
サンドイッチを食べ終えて食器をキッチンに片付けに行くと、トメはいつもと変わらない優しさで接してくれた。
二人の兄に何をされたのか、トメは察しているはずなのに哀れみの目を向けずにいてくれたことがありがたかった。
トメはどうしてここまで親身に自分の世話をしてくれるのだろう。
今の莉央と同じくらいの年齢の時にトメは戦争を経験している。彼女は莉央よりも、もっと過酷で残酷な世界を生き抜いてきたのかもしれない。
トメがそうであったとは思わないが、時には“女”を売らないと生き抜いていけない……戦争とはそういう時代だから。
部屋に戻りベッドに寝そべった。身体が自分の身体ではないように重たい。下腹部に痛みを感じて生理痛用の鎮痛剤を飲んだ。
あれは愛情の行為なんかじゃない。拷問だ。
昨夜の出来事を思い出すとまた吐き気が込み上げてくる。
扉が開く音で莉央は飛び起きた。莉央の許可なく俊哉が部屋に入ってくる。
『よお。寝坊助』
「勝手に入らないでよ!」
『なんだよ。兄ちゃんに対して冷たい言い方だな』
「あなたなんか兄じゃないっ!」
俊哉を睨み付ける莉央。彼は薄ら笑いを浮かべてベッドにいる彼女に近付いた。
近付く俊哉に向けてベッドに並んだぬいぐるみを投げつけた。あれもこれも、ゲームセンターのクレーンゲームで俊哉がとってくれたぬいぐるみだ。
『そうだな。俺とお前はもう兄と妹じゃない』
ぬいぐるみの攻撃をいとも簡単にかわして身を屈めた俊哉は両手をベッドに乗せた。莉央は枕と布団を抱え込んで俊哉との接触を防御するも、決死の防壁もあっさり剥ぎ取られてしまう。
「どうしてあんなことしたの?」
『お前が欲しくなったから。たぶん兄貴も同じ理由』
「そんなの最低! あなた達兄弟は最低よ!」
『最低でけっこう。俺は欲しいものはどんな手を使ってでも欲しいんだよ。莉央、俺とお前は兄と妹じゃない。男と女だ』
あの優しかった兄はもういない。目の前にいるのは欲に溺れた醜い獣。
『女のお前がこの家で生きていく方法はひとつだ。俺のものになれ』
俊哉は押し倒した莉央に噛み付くようなキスをした。何度も何度も、彼は拒む莉央にキスをする。
それは呪いの呪文と呪いのキス。
翼をもがれた天使が引き摺り込まれたのは地の底に澱《よど》む情欲の底無し沼。羽根のない天使はもがいて溺れ、やがて沈んだ。