早河シリーズ第三幕【堕天使】
カメラを携える写真家や観光客で賑わう道の片隅でスーツを着た紳士は静かに腕を組んでいる。落ち葉を踏む莉央の気配に気付いた紳士が顔を上げた。
「あの……弁護士の片山さんですか?」
『はい。私が片山です。寺沢莉央さんですね?』
「はい」
彼に渡された名刺には片山法律事務所 代表と記されている。片山は莉央にベンチを示し、彼女と彼は隣同士でベンチに座った。
『お父様の樋口祥一さんには昔から懇意にしていただいていました。訳あって香典は代理の名前で届けさせていただきましたが、私は樋口さんを友人だと思っています。亡くなった今も、彼は大切な友人です』
生前に祥一から片山の話を聞いたことは一度もないが、片山の言葉に嘘はないと感じた。
「父から預かった物って……?」
『これです』
彼は銀色の鍵を莉央に渡す。
『この鍵は樋口さんが銀行で借りている貸金庫の鍵です。貸金庫の中には樋口さんが莉央さんに遺した遺産が入っています』
「遺産……お父様の?」
『莉央さんは相続に関して難しい立場にいます。あなたは樋口さんの娘でいながらも認知をされておらず、樋口さんとの法律上の親子関係が認められていません。樋口さんは自分がいなくなった後の莉央さんの身の上をとても心配していました。彼は樋口家の誰にも内密にして、樋口財閥とは別の個人資産をすべてあなたに託すつもりでこの貸金庫を借りたのです。貸金庫の名義は寺沢莉央、あなたの名前で借りています』
祥一がそんなことを考えていたなんて知らなかった。莉央は熱くなる目頭を押さえる。
『樋口財閥の顧問弁護士やもちろん樋口家の方達もこの貸金庫の存在は知りません。樋口さんの奥様も私と樋口さんの友人関係を知らない。もしこのことが奥様に知られたらこの貸金庫の資産はあなたに渡ることはないでしょう。だから樋口さんは自分にもしものことがあった時はこの貸金庫の鍵をあなたに渡すよう私に頼んだのです。これを……樋口さんが莉央さんに宛てた手紙です』
片山から受け取った封筒を莉央はその場で開けた。便箋いっぱいに綴られた祥一の文字は莉央への愛情で溢れていた。
『貸金庫には莉央さん名義の預金通帳と土地の権利書、あなたの名前で作られた実印が入っています。これらがとても大切な物だとわかりますね?』
莉央は涙を流して頷いた。
『細かな手続きは私が代理人として行いますが、貸金庫の中身はすべて莉央さんの物です。樋口さんがあなたに遺した最後のプレゼントです。これは誰にも渡しちゃダメだ。この貸金庫の存在も知られてはいけません。いいですね?』
「はい」
『金庫を開けるにはこの鍵の他に八桁の暗証番号が必要です。それは莉央さんのお母様と樋口さんの婚約記念日の数字らしいです。聞いていますか?』
「婚約記念日……」
ハッとした莉央は学生カバンの内ポケットを探り、ネックレスチェーンを通した金色の指輪を取り出した。父、祥一が母の美雪に贈った指輪。
指輪の内側には母の名前のMIYUKIと祥一が美雪にこの指輪を贈った日付である八桁の番号が刻まれている。
19840307、1984年3月7日。二人の娘の莉央にしかわからない特別な暗証番号。
『その指輪と鍵はふたつでひとつのようですね』
「……はい。父と母が私にくれた最後のプレゼントです」
莉央は金色の指輪と銀色の鍵を握りしめた。
「あの……弁護士の片山さんですか?」
『はい。私が片山です。寺沢莉央さんですね?』
「はい」
彼に渡された名刺には片山法律事務所 代表と記されている。片山は莉央にベンチを示し、彼女と彼は隣同士でベンチに座った。
『お父様の樋口祥一さんには昔から懇意にしていただいていました。訳あって香典は代理の名前で届けさせていただきましたが、私は樋口さんを友人だと思っています。亡くなった今も、彼は大切な友人です』
生前に祥一から片山の話を聞いたことは一度もないが、片山の言葉に嘘はないと感じた。
「父から預かった物って……?」
『これです』
彼は銀色の鍵を莉央に渡す。
『この鍵は樋口さんが銀行で借りている貸金庫の鍵です。貸金庫の中には樋口さんが莉央さんに遺した遺産が入っています』
「遺産……お父様の?」
『莉央さんは相続に関して難しい立場にいます。あなたは樋口さんの娘でいながらも認知をされておらず、樋口さんとの法律上の親子関係が認められていません。樋口さんは自分がいなくなった後の莉央さんの身の上をとても心配していました。彼は樋口家の誰にも内密にして、樋口財閥とは別の個人資産をすべてあなたに託すつもりでこの貸金庫を借りたのです。貸金庫の名義は寺沢莉央、あなたの名前で借りています』
祥一がそんなことを考えていたなんて知らなかった。莉央は熱くなる目頭を押さえる。
『樋口財閥の顧問弁護士やもちろん樋口家の方達もこの貸金庫の存在は知りません。樋口さんの奥様も私と樋口さんの友人関係を知らない。もしこのことが奥様に知られたらこの貸金庫の資産はあなたに渡ることはないでしょう。だから樋口さんは自分にもしものことがあった時はこの貸金庫の鍵をあなたに渡すよう私に頼んだのです。これを……樋口さんが莉央さんに宛てた手紙です』
片山から受け取った封筒を莉央はその場で開けた。便箋いっぱいに綴られた祥一の文字は莉央への愛情で溢れていた。
『貸金庫には莉央さん名義の預金通帳と土地の権利書、あなたの名前で作られた実印が入っています。これらがとても大切な物だとわかりますね?』
莉央は涙を流して頷いた。
『細かな手続きは私が代理人として行いますが、貸金庫の中身はすべて莉央さんの物です。樋口さんがあなたに遺した最後のプレゼントです。これは誰にも渡しちゃダメだ。この貸金庫の存在も知られてはいけません。いいですね?』
「はい」
『金庫を開けるにはこの鍵の他に八桁の暗証番号が必要です。それは莉央さんのお母様と樋口さんの婚約記念日の数字らしいです。聞いていますか?』
「婚約記念日……」
ハッとした莉央は学生カバンの内ポケットを探り、ネックレスチェーンを通した金色の指輪を取り出した。父、祥一が母の美雪に贈った指輪。
指輪の内側には母の名前のMIYUKIと祥一が美雪にこの指輪を贈った日付である八桁の番号が刻まれている。
19840307、1984年3月7日。二人の娘の莉央にしかわからない特別な暗証番号。
『その指輪と鍵はふたつでひとつのようですね』
「……はい。父と母が私にくれた最後のプレゼントです」
莉央は金色の指輪と銀色の鍵を握りしめた。