早河シリーズ第三幕【堕天使】
第四章 女王降臨
※第二章ラストページの続きから始まります。
*
帰りの車内は静かだった。早河仁は助手席の香道なぎさを見る。無言のなぎさは窓の外に顔を向けて流れる景色を眺めていた。
事情聴取時に上野から聞かされた新たな事実が二人の感情を重くさせる。
寺沢莉央は失踪した2002年の9月に出国し、2006年2月に帰国している。彼女の行き先はアメリカ。
寺沢莉央の名前が記載されたアメリカ行きの便の搭乗名簿には早河にとって曰く付きの人物の名前が載っていた。
それがイイジマユウスケ。犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖の偽名だ。
寺沢莉央とイイジマユウスケ、その二名の名前が同じ便の搭乗名簿に載っている。二人は同じ飛行機に乗り、アメリカに渡った。
もしもこのイイジマユウスケが貴嶋佑聖だとすれば、寺沢莉央と貴嶋にはこの頃に何らかの接触があったのかもしれない。
早河の車が事務所に戻る道からそれて右折した。
「事務所に戻るんじゃないんですか?」
『たまにはあてのないドライブもいいだろ。天気もいいし』
彼の言う通り晴天の今日は春の日差しが眩しく降り注いでいる。昼食をまだ済ませていなかった二人はドライブスルーのハンバーガーショップでハンバーガーをテイクアウトした。
『ごめん、包み開けて』
「はい」
早河の分のハンバーガーの包みを開いて運転中の彼に渡す。早河はテリヤキバーガー、なぎさはチーズバーガー。
合間にポテトを摘まんで、なぎさはハンドルを握る早河を横目に見た。
(所長は私を気遣ってくれてるのかな)
早河は大きな口を開けてハンバーガーにかぶりついている。口元についたテリヤキソースが可愛らしい。なぎさが渡したウェットティッシュで彼は苦笑いしつつ口元をぬぐった。
あてもなく走る車は千葉県に入り、やがて車が停まった。目の前には青い空と青い海が広がる。
早河は防波堤の上に立ち、煙草をくわえた。彼の隣に並んだなぎさのスプリングコートが海風に揺れる。
二人は防波堤のコンクリートに腰かけて雄大な海を眺めていた。
「もし莉央がカオスの仲間だったら私はどうすればいいでしょう……」
『捜し出して捕まえればいい』
早河が吐き出した煙草の煙が空に舞う。春の海に人気《ひとけ》はなく、ここは早河となぎさの二人だけの世界だった。
「捕まえるって……」
『お前はどうして俺の助手になった?』
「それは……」
『香道さんの仇をとるためだろ?』
なぎさは頷く。兄を殺した貴嶋を早河と共に追うために彼女は早河の助手になった。
『俺は貴嶋を牢屋にぶちこむために刑事を辞めて探偵になった。もし寺沢莉央がカオスの人間ならなぎさが彼女を止めればいい』
「私が?」
『刑事も探偵も、時には家族や恋人を犯人として追い詰めなければならない。なぎさはその探偵の助手だ。もしも寺沢莉央と正面からぶつかる覚悟がないなら今すぐ俺の助手を辞めた方がいい。……どうするのか、覚悟決めろよ』
早河は携帯灰皿に煙草を捨てて立ち上がった。
『あそこの自販機でコーヒー買ってくるから待ってろ』
なぎさを残して自販機まで歩く。途中で振り返ると彼女は背中を丸めて顔を伏せていた。泣いているのだろう。
『同じだな。お前も……俺と』
波の音を背後に聴きながら彼はまた歩き始めた。
*
帰りの車内は静かだった。早河仁は助手席の香道なぎさを見る。無言のなぎさは窓の外に顔を向けて流れる景色を眺めていた。
事情聴取時に上野から聞かされた新たな事実が二人の感情を重くさせる。
寺沢莉央は失踪した2002年の9月に出国し、2006年2月に帰国している。彼女の行き先はアメリカ。
寺沢莉央の名前が記載されたアメリカ行きの便の搭乗名簿には早河にとって曰く付きの人物の名前が載っていた。
それがイイジマユウスケ。犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖の偽名だ。
寺沢莉央とイイジマユウスケ、その二名の名前が同じ便の搭乗名簿に載っている。二人は同じ飛行機に乗り、アメリカに渡った。
もしもこのイイジマユウスケが貴嶋佑聖だとすれば、寺沢莉央と貴嶋にはこの頃に何らかの接触があったのかもしれない。
早河の車が事務所に戻る道からそれて右折した。
「事務所に戻るんじゃないんですか?」
『たまにはあてのないドライブもいいだろ。天気もいいし』
彼の言う通り晴天の今日は春の日差しが眩しく降り注いでいる。昼食をまだ済ませていなかった二人はドライブスルーのハンバーガーショップでハンバーガーをテイクアウトした。
『ごめん、包み開けて』
「はい」
早河の分のハンバーガーの包みを開いて運転中の彼に渡す。早河はテリヤキバーガー、なぎさはチーズバーガー。
合間にポテトを摘まんで、なぎさはハンドルを握る早河を横目に見た。
(所長は私を気遣ってくれてるのかな)
早河は大きな口を開けてハンバーガーにかぶりついている。口元についたテリヤキソースが可愛らしい。なぎさが渡したウェットティッシュで彼は苦笑いしつつ口元をぬぐった。
あてもなく走る車は千葉県に入り、やがて車が停まった。目の前には青い空と青い海が広がる。
早河は防波堤の上に立ち、煙草をくわえた。彼の隣に並んだなぎさのスプリングコートが海風に揺れる。
二人は防波堤のコンクリートに腰かけて雄大な海を眺めていた。
「もし莉央がカオスの仲間だったら私はどうすればいいでしょう……」
『捜し出して捕まえればいい』
早河が吐き出した煙草の煙が空に舞う。春の海に人気《ひとけ》はなく、ここは早河となぎさの二人だけの世界だった。
「捕まえるって……」
『お前はどうして俺の助手になった?』
「それは……」
『香道さんの仇をとるためだろ?』
なぎさは頷く。兄を殺した貴嶋を早河と共に追うために彼女は早河の助手になった。
『俺は貴嶋を牢屋にぶちこむために刑事を辞めて探偵になった。もし寺沢莉央がカオスの人間ならなぎさが彼女を止めればいい』
「私が?」
『刑事も探偵も、時には家族や恋人を犯人として追い詰めなければならない。なぎさはその探偵の助手だ。もしも寺沢莉央と正面からぶつかる覚悟がないなら今すぐ俺の助手を辞めた方がいい。……どうするのか、覚悟決めろよ』
早河は携帯灰皿に煙草を捨てて立ち上がった。
『あそこの自販機でコーヒー買ってくるから待ってろ』
なぎさを残して自販機まで歩く。途中で振り返ると彼女は背中を丸めて顔を伏せていた。泣いているのだろう。
『同じだな。お前も……俺と』
波の音を背後に聴きながら彼はまた歩き始めた。