早河シリーズ第三幕【堕天使】
19階から見下ろす街は光輝いていて、東京タワーが見えた。
「それにしてもいいお部屋に住んでるのね。奥さんと息子さんは出ていったようだけど」
『妻とは離婚した』
俊哉はまたウイスキーを口にする。無精髭を生やし、くたびれたスウェット姿の彼を莉央は見据える。
せっかくのタワーマンションの広いリビングも酒のボトルやグラスが散乱し、リビングに面したキッチンには食べ終えたカップ麺の容器が置きっぱなしになっていた。荒んだ生活ぶりだ。
「それが正解ね。あなたみたいな人を夫にしていたら女は不幸になるもの」
『しばらく見ない間にずいぶん生意気になったな』
「本当のことでしょ? だけどあなたの愛人のメイドの子……杉田奈々さんだっけ。彼女も辞めさせて故郷に帰したそうね。騒動に巻き込まない為だとすれば、少しは情があるじゃない」
『はっ。なんでも知ってんだな』
「あなたのことなら大方知ってる」
二人は顔を見ずに会話を交わす。俊哉は額を押さえて顔を伏せた。莉央の靴音がソファーの手前で止まる。
『……何しにした? みじめな俺を笑いに来たわけじゃねぇだろ?』
「ええ。ラストステージの仕上げにね。最後に裁かれるのは俊哉お兄さん、あなたよ」
ポケットから出した莉央の手には拳銃が握られ、銃口が俊哉を向いている。顔を上げた俊哉はゴクリと喉を鳴らした。
『……は……はは! 兄貴も母さんも上手いこと殺ったようだが俺はそうはいかない。お前の思い通りになんかならないからなっ!』
銃口を向けられても虚勢を張る俊哉を見た莉央は呆れた顔で小さな溜息をついた。
「あなた、どうして自分がいまだに生きていると思うの?」
『何?』
「あなたを殺すのは簡単なことよ。宏伸お兄さんと永山先生と雅子さん、三人を殺してすぐにあなたを殺してもよかったの。でもそれを今まで実行しなかったのは、樋口財閥が崩壊していく様を絶望しながら見届ける人間が必要だったから。あなたまですぐに殺しちゃったら絶望して苦しむ人がいなくなっちゃうでしょう?」
莉央はローズピンクの唇を上げて微笑む。妖艶で美麗な微笑みの中に感じる薄ら寒さ。
氷の女王か雪の女王かはたまた悪魔か、そんなものに遭遇したことはないが、彼女は自分の妹なのに妹ではない。
俊哉の知らない“寺沢莉央”がそこにいた。
『お前狂ってるぞ!』
「あなたにだけは言われたくないわね。じゃあ妹を犯したあなたは狂ってないと言える?」
『それは……確かにお前にはすまないことをしたと……思ってる』
俊哉は莉央から目をそらした。莉央はソファーに座る彼に近付き、耳元に唇を寄せた。
「謝ったって許してあげない」
耳元で聞こえた艶っぽい囁きがわかりやすく俊哉を刺激した。視線を上げれば莉央の柔らかな唇と豊かな胸元が目の前にあり、黒いワンピースに引き立てられた白い肌が美しく光っていた。
「それにしてもいいお部屋に住んでるのね。奥さんと息子さんは出ていったようだけど」
『妻とは離婚した』
俊哉はまたウイスキーを口にする。無精髭を生やし、くたびれたスウェット姿の彼を莉央は見据える。
せっかくのタワーマンションの広いリビングも酒のボトルやグラスが散乱し、リビングに面したキッチンには食べ終えたカップ麺の容器が置きっぱなしになっていた。荒んだ生活ぶりだ。
「それが正解ね。あなたみたいな人を夫にしていたら女は不幸になるもの」
『しばらく見ない間にずいぶん生意気になったな』
「本当のことでしょ? だけどあなたの愛人のメイドの子……杉田奈々さんだっけ。彼女も辞めさせて故郷に帰したそうね。騒動に巻き込まない為だとすれば、少しは情があるじゃない」
『はっ。なんでも知ってんだな』
「あなたのことなら大方知ってる」
二人は顔を見ずに会話を交わす。俊哉は額を押さえて顔を伏せた。莉央の靴音がソファーの手前で止まる。
『……何しにした? みじめな俺を笑いに来たわけじゃねぇだろ?』
「ええ。ラストステージの仕上げにね。最後に裁かれるのは俊哉お兄さん、あなたよ」
ポケットから出した莉央の手には拳銃が握られ、銃口が俊哉を向いている。顔を上げた俊哉はゴクリと喉を鳴らした。
『……は……はは! 兄貴も母さんも上手いこと殺ったようだが俺はそうはいかない。お前の思い通りになんかならないからなっ!』
銃口を向けられても虚勢を張る俊哉を見た莉央は呆れた顔で小さな溜息をついた。
「あなた、どうして自分がいまだに生きていると思うの?」
『何?』
「あなたを殺すのは簡単なことよ。宏伸お兄さんと永山先生と雅子さん、三人を殺してすぐにあなたを殺してもよかったの。でもそれを今まで実行しなかったのは、樋口財閥が崩壊していく様を絶望しながら見届ける人間が必要だったから。あなたまですぐに殺しちゃったら絶望して苦しむ人がいなくなっちゃうでしょう?」
莉央はローズピンクの唇を上げて微笑む。妖艶で美麗な微笑みの中に感じる薄ら寒さ。
氷の女王か雪の女王かはたまた悪魔か、そんなものに遭遇したことはないが、彼女は自分の妹なのに妹ではない。
俊哉の知らない“寺沢莉央”がそこにいた。
『お前狂ってるぞ!』
「あなたにだけは言われたくないわね。じゃあ妹を犯したあなたは狂ってないと言える?」
『それは……確かにお前にはすまないことをしたと……思ってる』
俊哉は莉央から目をそらした。莉央はソファーに座る彼に近付き、耳元に唇を寄せた。
「謝ったって許してあげない」
耳元で聞こえた艶っぽい囁きがわかりやすく俊哉を刺激した。視線を上げれば莉央の柔らかな唇と豊かな胸元が目の前にあり、黒いワンピースに引き立てられた白い肌が美しく光っていた。