早河シリーズ第三幕【堕天使】
乱れた服と下着を付け直し、注射器をコートのポケットに入れた。反対側のポケットには銃弾のない空の拳銃。最初から拳銃を使うつもりはなかった。
「色仕掛けに騙されるなんて……バカな人」
俊哉の唇には莉央のローズピンクの口紅がわずかに着色している。数えきれないくらいのキスの証だ。
会わなかった年数分のキスをした。もう二度とできない永遠のキスをした。
ハンカチで俊哉の唇についた口紅を拭い、瞼を下ろさせる。予想外に涙は出なかった。
泣くと思っていたのに、不思議だ。
「髭くらい剃りなさいよね……“お兄ちゃん”」
酒の散乱するテーブルの片隅に指輪のケースがあった。蓋の開かれたケースには見覚えのある銀の花の指輪がひとつ。彼女はそれを持って俊哉の自宅を出た。
フロントのコンシェルジュは薬で眠らせて管理室に閉じ込めてある。帰宅した住民達はコンシェルジュの不在に首を傾げているだろう。
堂々とフロントを通過してマンションの外に出た。
「愛してる……か」
目を閉じてゆっくりと呼吸する。俊哉と過ごしたあの頃の思い出が甦り少しだけ涙腺が緩んだ。
そうか、今ようやく実感が湧いたのだ。
最期に触れられた頬に残る情事の痕跡を莉央は手で拭う。ショーツの奥底は今もまだ熱を帯びてとろみがあった。
どんな状況でも身体は正直と言うことだ。もしも時間が許すなら、あのまま俊哉に抱かれていただろう。
一瞬でも、俊哉から与えられる快楽に呑まれた事実に悔しくなって彼女は溜息をつく。
『莉央』
名前を呼ぶ声に莉央は顔を上げた。前方を見ると貴嶋佑聖が立っている。
「すべて終わったわ」
『ご苦労様。帰ろう。私達の家に』
貴嶋が笑顔で差し出した手を莉央はとる。月明かりを背にして二人分の影が重なった。
パトカーのサイレンの音が遠い闇夜で吠えていた。
「色仕掛けに騙されるなんて……バカな人」
俊哉の唇には莉央のローズピンクの口紅がわずかに着色している。数えきれないくらいのキスの証だ。
会わなかった年数分のキスをした。もう二度とできない永遠のキスをした。
ハンカチで俊哉の唇についた口紅を拭い、瞼を下ろさせる。予想外に涙は出なかった。
泣くと思っていたのに、不思議だ。
「髭くらい剃りなさいよね……“お兄ちゃん”」
酒の散乱するテーブルの片隅に指輪のケースがあった。蓋の開かれたケースには見覚えのある銀の花の指輪がひとつ。彼女はそれを持って俊哉の自宅を出た。
フロントのコンシェルジュは薬で眠らせて管理室に閉じ込めてある。帰宅した住民達はコンシェルジュの不在に首を傾げているだろう。
堂々とフロントを通過してマンションの外に出た。
「愛してる……か」
目を閉じてゆっくりと呼吸する。俊哉と過ごしたあの頃の思い出が甦り少しだけ涙腺が緩んだ。
そうか、今ようやく実感が湧いたのだ。
最期に触れられた頬に残る情事の痕跡を莉央は手で拭う。ショーツの奥底は今もまだ熱を帯びてとろみがあった。
どんな状況でも身体は正直と言うことだ。もしも時間が許すなら、あのまま俊哉に抱かれていただろう。
一瞬でも、俊哉から与えられる快楽に呑まれた事実に悔しくなって彼女は溜息をつく。
『莉央』
名前を呼ぶ声に莉央は顔を上げた。前方を見ると貴嶋佑聖が立っている。
「すべて終わったわ」
『ご苦労様。帰ろう。私達の家に』
貴嶋が笑顔で差し出した手を莉央はとる。月明かりを背にして二人分の影が重なった。
パトカーのサイレンの音が遠い闇夜で吠えていた。