早河シリーズ第三幕【堕天使】
3月31日(Tue)午後8時

 樋口俊哉が殺害されて間もなく1週間が経過する。警察は重要参考人として寺沢莉央の行方を追っているが、莉央が犯罪組織カオスと関わりがあるのかは未だ不明のままだ。

 俊哉の住む麻布のタワーマンションのセキュリティシステムが一時エラーになり、一定時間オートロックや指紋認証機能が無効になっていた。雅子が殺害された当時の樋口コーポレーションと同じ状況だ。

マンションは24時間有人管理であり、フロントには常にコンシェルジュがいる。しかし俊哉の死亡推定時刻にフロントは不在で、その時間に勤務していたコンシェルジュは眠らされて管理室に監禁されていた。

 樋口雅子、宏伸、医者の永山の三人はいずれも銃殺なのに対し、俊哉は毒物で殺されていた。首に注射痕があり、毒物はそこから注入されたものと思われる。

 俊哉の右手人差し指及び中指には女性の体液が付着していた。彼の唇からは微量の口紅の成分も検出された。

俊哉が倒れていたソファーの下付近には染髪された長い毛髪が落ちていて、その毛髪は俊哉の離婚した妻とは別の血液型だった。

 以上の点から、殺害される直前に俊哉は元妻ではない女性と性交渉の段階にあったのではと推察された。
その相手が異母妹の莉央だとすれば、俊哉と莉央の関係がおぼろ気ながら見えてくる。

 莉央をよく知る樋口家の元家政婦のトメに確認したところ、俊哉と莉央には兄と妹の感情以上のものがあったがトメはそれ以上の言及を避けた。
当事者にしか語れない物語がこの兄妹にはあるのだろう。

 香道なぎさは目黒区の通りを歩いて目黒川の川沿いに出た。今日はライターの取材で目黒のスイーツ店巡りをしていた。

春の新作スイーツを食べられるのは嬉しいが胃は重たい。中目黒駅まで花見がてらのウォーキングでカロリー消費できれば一石二鳥なのに。

 どれだけ憂鬱な出来事があっても人は生活しなければいけない。生活するためにはお金がいる。お金を稼ぐには仕事をする。

嫌なことがあっても食べて寝て起きて、仕事や学校に行く。
やらなければいけないことは山積みだ。それをひとつひとつ事務的にこなして、それでも頭の片隅に忘れられない現実が付きまとう。
仕事をしている間は考えたくないのに、考えてしまうことがある。

 目黒川の桜並木は東京随一の桜の名所。ライトアップされた800本のソメイヨシノが約4㎞の川沿いをピンク色に彩っていた。

 誰も彼もが上を見て歩いている。日本人は桜が好きだ。梅や桃の方が好きと主張する人だって、だから桜は嫌いとは言わない。
桜が咲けば誰もが上を向いて歩いていける。
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