早河シリーズ第三幕【堕天使】
目黒川にかかる桜橋の手前でバッグに入れた携帯電話が振動した。マナーモードの振動を続ける携帯の着信表示は非通知。
イタズラ電話だろうか。出ない方がいいかもしれない。
いつもは非通知着信は無視するなぎさだったが、今日は無意識に通話ボタンを押していた。
「もしもし?」
{なぎさ、久しぶり。私よ。寺沢莉央}
雑踏の中でもはっきり聞こえた品のいいソプラノの懐かしい声。
「莉央? 本当に莉央なの?」
{私のこと覚えていてくれたんだね。よかった}
「今どこにいるの? 莉央が樋口社長達を殺したの?」
{落ち着いて。今どこにいるのかは言えない。私は人殺しだから}
「それじゃあやっぱり……」
{そうよ。三人を殺したのは私。医者の永山を殺したのは私ではないけどね}
夜桜を楽しむ人々がなぎさの横を通り過ぎる。皆、桜橋に集って壮観な景色に感嘆していた。人々の笑い声に混ざってカメラのシャッター音も聞こえた。
「なんで? 莉央……どうして?」
{あの人達は殺されて当然の人間なの。あの人達は私の父を殺したの}
「でも殺しちゃいけない!」
{何故?}
「それは……」
なぎさは言葉に詰まった。樋口家の人間が莉央にした残酷な仕打ちを考えると胸が痛む。
「こんなこと聞いちゃいけないのかもしれないけど……莉央と俊哉さんって……恋人だったの?」
莉央は無言だった。そうしてしばしの沈黙を共有して再びソプラノの声が届く。
{私と俊哉兄さんがしてきたことが普通の恋人達がするようなことだったとしたなら、私達は恋人だったと言えるのかもしれない。俊哉兄さんとのことはなぎさにも言えなかった。ごめんね}
「それでも……俊哉さんも殺したんだね」
{うん。それでも殺した。彼を愛したから殺したの}
桜橋に立ったなぎさは柵を片手で掴んだ。
暗闇の水面にピンクに灯る提灯の明かりと桜の色が移り込んで幻想的な世界を創造している。
桜に夢中な人々はなぎさの会話も気にしていない。騒がしい場所ほど、かえって会話を聞かれないものだ。
{理解して欲しいなんて思ってない。どうしたってなぎさと私は敵同士}
「敵?」
{なぎさのお兄さんを殺したのは私の恋人なの}
「まさか……貴嶋と?」
全身が硬直した。最も恐れていた予想が現実となって姿を現す。
{そう。犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖。彼は私の恋人よ}
「莉央もカオスの人間なの?」
{私はクイーン}
春の香りを含んだ風に乗って桜の花びらが宙を舞う。さらさらと、沢山の花をつけた枝が揺れた。
イタズラ電話だろうか。出ない方がいいかもしれない。
いつもは非通知着信は無視するなぎさだったが、今日は無意識に通話ボタンを押していた。
「もしもし?」
{なぎさ、久しぶり。私よ。寺沢莉央}
雑踏の中でもはっきり聞こえた品のいいソプラノの懐かしい声。
「莉央? 本当に莉央なの?」
{私のこと覚えていてくれたんだね。よかった}
「今どこにいるの? 莉央が樋口社長達を殺したの?」
{落ち着いて。今どこにいるのかは言えない。私は人殺しだから}
「それじゃあやっぱり……」
{そうよ。三人を殺したのは私。医者の永山を殺したのは私ではないけどね}
夜桜を楽しむ人々がなぎさの横を通り過ぎる。皆、桜橋に集って壮観な景色に感嘆していた。人々の笑い声に混ざってカメラのシャッター音も聞こえた。
「なんで? 莉央……どうして?」
{あの人達は殺されて当然の人間なの。あの人達は私の父を殺したの}
「でも殺しちゃいけない!」
{何故?}
「それは……」
なぎさは言葉に詰まった。樋口家の人間が莉央にした残酷な仕打ちを考えると胸が痛む。
「こんなこと聞いちゃいけないのかもしれないけど……莉央と俊哉さんって……恋人だったの?」
莉央は無言だった。そうしてしばしの沈黙を共有して再びソプラノの声が届く。
{私と俊哉兄さんがしてきたことが普通の恋人達がするようなことだったとしたなら、私達は恋人だったと言えるのかもしれない。俊哉兄さんとのことはなぎさにも言えなかった。ごめんね}
「それでも……俊哉さんも殺したんだね」
{うん。それでも殺した。彼を愛したから殺したの}
桜橋に立ったなぎさは柵を片手で掴んだ。
暗闇の水面にピンクに灯る提灯の明かりと桜の色が移り込んで幻想的な世界を創造している。
桜に夢中な人々はなぎさの会話も気にしていない。騒がしい場所ほど、かえって会話を聞かれないものだ。
{理解して欲しいなんて思ってない。どうしたってなぎさと私は敵同士}
「敵?」
{なぎさのお兄さんを殺したのは私の恋人なの}
「まさか……貴嶋と?」
全身が硬直した。最も恐れていた予想が現実となって姿を現す。
{そう。犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖。彼は私の恋人よ}
「莉央もカオスの人間なの?」
{私はクイーン}
春の香りを含んだ風に乗って桜の花びらが宙を舞う。さらさらと、沢山の花をつけた枝が揺れた。