早河シリーズ第三幕【堕天使】

Act1.秘め事

2000年12月24日

 クリスマスイブの夜。街路樹はイルミネーションに彩られ、街の至るところでクリスマスツリーが飾られている。
聴き覚えのあるクリスマスソングをBGMにしてサンタクロースの赤い服を着た男女が寒空の下でティッシュ配りに励んでいた。

嬉々として浮かれた街に寺沢莉央はひとりで佇んでいた。マフラーに埋もれた口元から莉央は白い息を吐く。

(東京はまだ雪が降らないんだね)

 2年前に母の美雪が病死した後、莉央は父親の樋口祥一に引き取られて北海道を出て東京にやって来た。12月の東京ではまだ雪を見たことがない。

 父の祥一も先月にこの世を去った。死因は病死とされているが本当は違うと莉央は知っている。
真相は祥一の妻の雅子と二人の息子が、祥一の主治医と共謀して祥一の心臓の発作止めの薬を別の薬とすり替えたのだ。
樋口祥一は病死ではなく妻と二人の息子に殺された。

(私に帰る家はない)

 16歳の莉央の心は星の見えない東京の夜空のように濁り、荒んでいた。

 今日は同じ高校の友達と昼から出掛けていた。ショッピングやカラオケをして楽しい時間を過ごした後はいつも空虚が襲ってくる。

できることならこのままずっと、あの家から出ていたい。そんな事できるはずないとわかってはいても。

帰りたくない気持ちを抑えて足を家路に向かわせる。渋谷区の高級住宅街、松濤にある樋口邸に到着した莉央は表玄関ではなく裏口にまわった。
事前に連絡をしておいたので、家政婦のトメが裏口を開けて莉央の帰りを待っていた。

「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ただいま」

 この家ではトメだけが莉央の唯一の理解者だ。裏口から屋敷内に入ると明かりの漏れるリビングからは賑やかな笑い声が聞こえる。

(お父様が亡くなってまだ1ヶ月なのにクリスマスパーティーか)

帰宅してもリビングで開かれているクリスマスパーティーに顔は出さない。それを雅子が望まないとわかっている。
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