早河シリーズ第三幕【堕天使】
2001年 元旦

「旦那様が亡くなられて派手なことは控えるようにと奥様は仰られていましたが、旦那様はこのお着物が出来るのを心待ちにされていましたからね」

 トメは莉央に着物を着付けている。この着物は父、祥一が生前に京都の呉服屋に特注して作られた莉央の着物だ。

紅色の着物は莉央によく似合っている。莉央の髪は美容学校に通っていた経験があるメイドが結ってくれた。

「お綺麗ですよ。お嬢様は紅色がお似合いです。旦那様のお見立てに間違いはありませんね」
「ありがとう。お父様にお見せしてくるわ」

 亡き父の仏壇の前に立つ。もしも祥一が生きていれば莉央の着物姿を見てどれほど喜んだことだろう。

『その着物、よく似合ってるな』

仏間の入り口に俊哉が立っていた。彼は莉央の艶やかな着物姿に目を細めている。

「ありがとうございます」
『親父は莉央に甘かったからな。俺なんて特注で作ってもらったものなんかないぞ』

 畳を踏んで仏間に上がった俊哉は仏壇の前に腰を降ろす。彼はしばらく遺影の中の父を見ていた。

自分が殺したも同然の父親に手を合わせたところで父が許してくれるとも思えない。それどころか、父の宝物の莉央をこの仏壇の前で我が物にした。

(きっと親父は俺を憎んでるだろうな)

 どれだけ罪を犯してでも手に入れたいものがあるとするなら……。
仏間を出ようとする莉央の着物から覗くうなじが目に留まる。どれだけ罪を犯してでも手に入れたかった。血の繋がった妹を。

『どこか出掛けるのか?』
「お父様の喪中ですからどこへも行きません」
『せっかくの着物が勿体ないぜ。喪中って言っても形ばかりで母さんも兄貴も出歩いてるから気にするな』

 腰を上げた俊哉が莉央の横に並んだ。上背のある彼を莉央は見上げる。

「人の多い所は行きたくなくて……」
『上に何か羽織って玄関で待ってろ』
「え?」

聞き返す暇もなく俊哉は長い廊下を歩いて階段を上がってしまった。

(玄関で待ってろって……一緒にどこかに行くの?)

 俊哉の真意がわからないまま、トメが用意してくれた白いショールを羽織って玄関で彼を待った。手には祥一がこの着物に似合うよう見繕ってくれた和装用のハンドバッグを提げている。
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