早河シリーズ第三幕【堕天使】
 砂利を踏む足音が近付いてくる。

『いやぁ、どなたかと思えば樋口様の坊っちゃんでしたか』
『どうもお邪魔してます』

袈裟を着た僧侶に俊哉は一礼した。莉央も俊哉に倣って一礼する。僧侶は連れ立っている俊哉と莉央を見てほぉ、と感嘆した。

『こちらはもしかして坊っちゃんの奥様ですか? いつの間にご結婚を……』
『違うよ。妹の莉央。莉央、ここの住職だ。ご挨拶しなさい』
「樋口祥一の娘の莉央です」
『おや、これは失礼致しました。貴女が祥一様のお嬢様でしたか。お二人があまりにも仲睦まじいご様子だったので、てっきりご夫婦かと思いましたよ』

豪快に笑う住職は俊哉と莉央の関係をどこまで察した?

(この爺さんは昔から目ざといんだよな)

俊哉は変に隠し立てするのは諦めて苦笑いを返した。

『そうすると坊っちゃんはご結婚はまだ?』
『まぁ……。色々と縁談は来てるけど独り身が気楽だから適当に理由つけて逃げてる』

 赤い椿の群れに埋もれる莉央を俊哉と住職は離れた場所から眺めている。

『お気持ちはわかりますよ。しかし噂には聞き及んでいましたが、本当にお綺麗なお嬢様だ。祥一様が目のなかに入れても痛くないほどの可愛がりようでしたのがわかります』
『そうだな。あいつは年々綺麗になっていくからこっちが戸惑っちまう』
『坊っちゃんは性格も祥一様に似ていらっしゃいますからね。お嬢様を愛でてしまうところまで、似てしまわれたのかもしれません。お嬢様も坊っちゃんのことを憎からず思っていらっしゃいます』

 勘の良い住職には俊哉の莉央への気持ちも、莉央の俊哉への気持ちも透けて見えている。

『いつかお嬢様が嫁がれる時には笑って送り出してあげてくださいな。それが兄としての坊っちゃんの務めですよ』
『莉央が嫁ね』

(莉央が嫁に行くとき、俺は笑って送り出せるのか……莉央を手離せるのか……わかんねぇな)

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