早河シリーズ第三幕【堕天使】
住職に別れを告げて二人は手を繋いで石段を降りる。俊哉と莉央の秘め事に勘づいても住職は俊哉を咎めなかった。
咎めず、ただ見守る。この秘め事の愛の先には何もないことを一番わかっているのは俊哉自身なのだから。
着物の莉央を気遣ってその後は少しドライブをしただけで俊哉は車を樋口邸に向かわせた。
おそらく東京の人口の半分は地方からの上京組で構成されている。
正月三が日や盆の休みは上京組が帰省している為、意外と道が空いていることもある。有名な神社や主要な駅前、初売りが行われるデパートの通りを避けて走ればそれほど渋滞にも巻き込まれない。
日暮れ前には樋口邸に到着した。玄関に入ると俊哉の母、雅子が赤い顔をして仁王立ちしている。
「二人でどこに行ってたの?」
雅子は着物姿の莉央をねめつけた。その視線から庇うように俊哉が莉央を背中に隠した。
『ちょっとドライブ』
「お父様が亡くなって喪中だと言うのに遊び歩いていたんですか」
『母さんだって出掛けてたじゃん』
「私は会社の用事です。それに莉央はそんな派手なお着物を着て不謹慎ですよ」
『母さん。外に連れ出したのは俺だし、この着物は親父が莉央のために作ったものだ。莉央は親父のために着てるんだよ。母さんだってそれくらいわかってるだろ』
俊哉に反論されるとは思わなかった雅子はさらに顔を赤くして鼻を鳴らした。
「そんな派手な柄が似合うのはさすが水商売の女の娘ね」
『莉央、部屋に行け』
俊哉が背後の莉央に耳打ちする。莉央は雅子に一礼してその場を立ち去った。階段を上がる莉央の背中が震えているのを俊哉は見逃さない。
「俊哉、来なさい。話があります」
リビングの扉を開けた雅子がキツイ口調で俊哉を呼ぶ。
本音は今すぐ莉央を抱き締めに行きたいが、ここは母親に従わなければいけない。
彼は溜息混じりにコートを脱いでリビングのソファーに腰かけた。
対面の雅子が尊大に脚を組む。
「最近はずいぶん莉央と仲良くしてるのね」
『最近っつーか、俺はずっと仲良くやってるつもりだけど。兄と妹なんだから仲が良いのはけっこうなことだろ』
「あなた、莉央に誘惑されているんじゃないの?」
『はぁ?』
雅子の莉央嫌いもここまで来ると病気だ。
「莉央はあの女の娘なのよ。男を手玉にとって弄ぶ魔性の女の娘。私からあの人を奪ったあの女の娘は今度は私からあんたを奪おうとしてる。あんたを誘惑して味方につけることくらい、莉央には容易いことよ」
本気で相手にするのも馬鹿馬鹿しい戯言だ。
咎めず、ただ見守る。この秘め事の愛の先には何もないことを一番わかっているのは俊哉自身なのだから。
着物の莉央を気遣ってその後は少しドライブをしただけで俊哉は車を樋口邸に向かわせた。
おそらく東京の人口の半分は地方からの上京組で構成されている。
正月三が日や盆の休みは上京組が帰省している為、意外と道が空いていることもある。有名な神社や主要な駅前、初売りが行われるデパートの通りを避けて走ればそれほど渋滞にも巻き込まれない。
日暮れ前には樋口邸に到着した。玄関に入ると俊哉の母、雅子が赤い顔をして仁王立ちしている。
「二人でどこに行ってたの?」
雅子は着物姿の莉央をねめつけた。その視線から庇うように俊哉が莉央を背中に隠した。
『ちょっとドライブ』
「お父様が亡くなって喪中だと言うのに遊び歩いていたんですか」
『母さんだって出掛けてたじゃん』
「私は会社の用事です。それに莉央はそんな派手なお着物を着て不謹慎ですよ」
『母さん。外に連れ出したのは俺だし、この着物は親父が莉央のために作ったものだ。莉央は親父のために着てるんだよ。母さんだってそれくらいわかってるだろ』
俊哉に反論されるとは思わなかった雅子はさらに顔を赤くして鼻を鳴らした。
「そんな派手な柄が似合うのはさすが水商売の女の娘ね」
『莉央、部屋に行け』
俊哉が背後の莉央に耳打ちする。莉央は雅子に一礼してその場を立ち去った。階段を上がる莉央の背中が震えているのを俊哉は見逃さない。
「俊哉、来なさい。話があります」
リビングの扉を開けた雅子がキツイ口調で俊哉を呼ぶ。
本音は今すぐ莉央を抱き締めに行きたいが、ここは母親に従わなければいけない。
彼は溜息混じりにコートを脱いでリビングのソファーに腰かけた。
対面の雅子が尊大に脚を組む。
「最近はずいぶん莉央と仲良くしてるのね」
『最近っつーか、俺はずっと仲良くやってるつもりだけど。兄と妹なんだから仲が良いのはけっこうなことだろ』
「あなた、莉央に誘惑されているんじゃないの?」
『はぁ?』
雅子の莉央嫌いもここまで来ると病気だ。
「莉央はあの女の娘なのよ。男を手玉にとって弄ぶ魔性の女の娘。私からあの人を奪ったあの女の娘は今度は私からあんたを奪おうとしてる。あんたを誘惑して味方につけることくらい、莉央には容易いことよ」
本気で相手にするのも馬鹿馬鹿しい戯言だ。