早河シリーズ第三幕【堕天使】
もしも莉央の母が魔性の女だったとしても、だから莉央までそうとは限らない。俊哉は立ち上がった。
『母さんは何が気に入らないわけ? 俺が莉央と出掛けたこと? 莉央を庇ったこと?』
「その両方よ」
『妹と仲良くしちゃいけねぇのか?』
「あの子はあんたの妹じゃない! あの子はね、悪魔の女なの。天使の顔をした悪魔なのよ!」
ヒステリックに血走った目をする雅子をこれ以上見ていたくもない。普段は聡明な母親だと思うが、寺沢美雪と莉央の母娘のことになると雅子は我を忘れる。
「莉央に惚れるんじゃないよ」
背中越しに聞こえた雅子の忠告を無視して俊哉はリビングを後にした。自分の部屋に戻る前に莉央の部屋に寄る。
扉をノックをして少し経ってから顔を出した莉央の目には、涙の跡が残っていた。
『母さんの言ったことは気にするな』
「気には……してません。いつものことだから。でも母のことを言われて……それで……」
瞼を押さえる莉央を抱き締める。まだ着物姿の莉央は抵抗もせずに俊哉に身を寄せた。
『春になったら旅行に行かないか?』
「旅行?」
『桜でも見に……あといちご狩りとか。お前、いちご好きだろ』
泣いた跡の残る目元をこすって莉央は俊哉の胸元から顔を上げた。
「……二人で?」
『嫌?』
今の俊哉の顔はまだ男と女の関係になる前のあの頃と同じ、優しい兄の顔をしていた。
「嫌じゃない……です」
『そ。じゃあ莉央が春休みになったら行こっか』
「だけどお兄さんには仕事が……」
『俺は副社長だぜ。スケジュール調整くらいなんとでもなる。あんまり遠出はできねぇけど、関東圏内で行きたいとこ考えておけよ。場所決めてくれたら俺が宿とるから。もちろん金のことは心配しなくていい』
俊哉は莉央の額に軽くキスを落として部屋を出た。彼が雅子に嫌味を言われた莉央を慰めに来たことは莉央もわかっていた。
祥一が療養していた去年の夏から莉央は東京を出ていない。俊哉はそれを知っているからこそ急に旅行に行こうと言い出したのだ。
『母さんは何が気に入らないわけ? 俺が莉央と出掛けたこと? 莉央を庇ったこと?』
「その両方よ」
『妹と仲良くしちゃいけねぇのか?』
「あの子はあんたの妹じゃない! あの子はね、悪魔の女なの。天使の顔をした悪魔なのよ!」
ヒステリックに血走った目をする雅子をこれ以上見ていたくもない。普段は聡明な母親だと思うが、寺沢美雪と莉央の母娘のことになると雅子は我を忘れる。
「莉央に惚れるんじゃないよ」
背中越しに聞こえた雅子の忠告を無視して俊哉はリビングを後にした。自分の部屋に戻る前に莉央の部屋に寄る。
扉をノックをして少し経ってから顔を出した莉央の目には、涙の跡が残っていた。
『母さんの言ったことは気にするな』
「気には……してません。いつものことだから。でも母のことを言われて……それで……」
瞼を押さえる莉央を抱き締める。まだ着物姿の莉央は抵抗もせずに俊哉に身を寄せた。
『春になったら旅行に行かないか?』
「旅行?」
『桜でも見に……あといちご狩りとか。お前、いちご好きだろ』
泣いた跡の残る目元をこすって莉央は俊哉の胸元から顔を上げた。
「……二人で?」
『嫌?』
今の俊哉の顔はまだ男と女の関係になる前のあの頃と同じ、優しい兄の顔をしていた。
「嫌じゃない……です」
『そ。じゃあ莉央が春休みになったら行こっか』
「だけどお兄さんには仕事が……」
『俺は副社長だぜ。スケジュール調整くらいなんとでもなる。あんまり遠出はできねぇけど、関東圏内で行きたいとこ考えておけよ。場所決めてくれたら俺が宿とるから。もちろん金のことは心配しなくていい』
俊哉は莉央の額に軽くキスを落として部屋を出た。彼が雅子に嫌味を言われた莉央を慰めに来たことは莉央もわかっていた。
祥一が療養していた去年の夏から莉央は東京を出ていない。俊哉はそれを知っているからこそ急に旅行に行こうと言い出したのだ。