早河シリーズ第三幕【堕天使】
 あの頃の莉央は俊哉に子供扱いされて憤慨していた。今の莉央はどうだろう?

あの頃は俊哉に女として扱ってもらいたかったはずなのに、今の莉央は戸惑い、絶望を感じている。

 自分を女として求める俊哉を軽蔑し、絶望している。それでも俊哉と過ごす時間を欲している。
俊哉を欲しがっている。彼を独り占めしたい。

認めたくない感情が莉央の心を乱す。
これは恋? 愛? わからない。
好き? 嫌い? わからない。

「旅行かぁ……」

 旅行などいつ振りだろう。父と母が生きていた頃は1年に数回は家族で旅行に出掛けていた。祥一は海外にも連れて行ってくれた。

行き先はイタリアとフランス。パリの街の美しさに小学生の莉央は感動していた。

(だけど私がお父様と旅行に行っている間は俊哉お兄さんがお父様と過ごす時間を奪っていたってことになる。それは雅子さんや宏伸兄さんも同じで……)

 北海道で暮らしている間、二人の兄のことを考えたことはなかった。歳の離れた兄の存在は知らされていても、自分と母が彼らから父親を奪っている自覚はなかった。

そんなことを考えたところで、祥一のいない今となってはどうにもならない。雅子が莉央に辛く当たるのも莉央の楽しい思い出の代償なのだと思うことにしていた。

(私は俊哉お兄さんをお父様の代わりにしているのかもしれない)

 そう、これは愛などではない。俊哉は祥一の身代わりだ。父親代わりだ。
兄に恋をするなんて馬鹿げている。
愛してはいけない。愛してはいけない。

暗示のように唱えて心に鍵をかけ、俊哉への想いを封じる。しかしそれから2ヶ月経った春の始まりに、莉央がかけた心の鍵が開かれてしまうことになるのだった。
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