早河シリーズ第三幕【堕天使】
3月31日(Sat)

「お気を付けていってらっしゃいませ」

 玄関でトメに見送られて莉央は花柄のフレアスカートを揺らして俊哉の車に乗り込んだ。

 今日は俊哉と約束していた旅行の日。行き先は山梨県の河口湖。桜といちご狩りを楽しんで河口湖近くの旅館に一泊して明日帰ってくる。

俊哉と莉央の旅行に雅子や宏伸は渋い顔をしていたが、妹と旅行に出掛けることの何が悪いのかと言い張る俊哉に押しきられて二人は渋々旅行を認めた。
これは兄と妹の旅行。それだけだ。

 サングラスをかけた俊哉が車を発進させる。車内のBGMは11年前に解散した伝説のロックバンド、emperor《エンペラー》の音楽。時々歌詞を口ずさむ俊哉は機嫌が良さそうだ。

流れていく街の景色。街路樹の桜の木々のおかげで街が淡いピンク色に色付いていた。

 午前8時に東京の自宅を出発して午前10時には山梨県内のいちご農園に到着した。今日はよく晴れて春の日差しが気持ちいい。
いちご農園も観光客で賑わっている。

『今日はお兄ちゃんって呼ぶのは禁止』
「えっ?」
『俺は今日と明日はお前の兄ちゃんやる気はない。だからそのつもりでいてくれ』

 農園の駐車場で俊哉は莉央の手を繋ぐ。表向きは兄と妹の旅行でも、彼は本当にそうするつもりはないようだ。

「じゃあ何て呼べば……」
『普通に名前でいい。俊哉って呼んでみろよ』
「と……し……や……?」
『初めて言葉覚えた赤ん坊みたいになってるぞ』

陽気に笑う俊哉につられて莉央も笑顔になる。今日も俊哉はあの根岸響子とお揃いのコロンをつけていた。
それが何を意味するのか俊哉に聞かなくてもわかる。響子は俊哉の恋人だ。

(他に恋人がいるのにどうして私を女として求めるの?)

莉央の笑顔の裏に潜む翳りに今の俊哉は気付かない。

『食べ放題だからって食べ過ぎてぶくぶくに太るなよ』
「太りませんっ!」

軽口を言い合っていちごを摘み、甘いいちごをその場で頬張った。

『お、そのいちご旨そう』

 莉央が摘んだ真っ赤ないちごを俊哉は莉央の手首を掴んで自分の口に運ぶ。ここでは彼らを兄妹だと知る者はいない。
傍目にはいちゃついているカップルに見えるだろう。

『顔赤いぞ。莉央の顔がいちごみたいだな』
「だって……」
『これくらいで顔赤くするんだもんな。それ以上に恥ずかしいこと俺と沢山やってんだから、今さら恥ずかしがることねぇのに。莉央はいつまでもウブって言うか純情って言うか。そこが可愛いけどな』

やはり今日の俊哉はいつもと違う。彼は莉央を妹として扱っていない。
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