早河シリーズ第三幕【堕天使】
 悶々とした気持ちでチョコレートパフェを頬張っていると、バッグに入る携帯電話のバイブの振動が身体に伝わってきた。

喧騒の店内に背を向けて片耳を押さえて真紀は電話に出た。店内が非常に騒がしいがそれでも相手の声はかろうじて聞こえる。

「はい。……え? ……はい。わかりました。すぐに向かいます。……矢野くん」
『どうした?』

通話を終えた真紀は携帯をバッグにしまうとその一言を矢野に告げた。

「東京湾で樋口宏伸が死体で発見された」

        *

 すぐそこには潮の香りのする青い海が見える。東京湾に浮かんでいた樋口宏伸の死体が灰色のコンクリートの上に晒された。
樋口宏伸の無惨な姿に上野は顔をしかめる。

『酷い有り様だな』
『致命傷は胸部の銃創です。他に肩や脚を合わせて数十発撃たれています。顔や身体にも殴られた形跡がありました』

 監察医の見解に上野は頷き、まず黙祷する。水に濡れた宏伸の顔は殴られて腫れ上がり、その死に顔は恐怖と絶望で激しく歪んでいた。

『拉致監禁に暴行、最後には射殺……まるで処刑だな』

苦悶の表情を浮かべた彼は死ぬ間際に何を見たのだろう。

「遅くなりました」
『おお。小山。非番なのに悪い』

 現場に到着した真紀を同僚の原が出迎える。彼はいつもはパンツスーツの真紀のスカート姿に口元を上げた。

『お前には珍しい服装だな。さては男と会ってたな?』
「非番なんですから、私だってこういう服くらい着ます」

原の追及をやり過ごして彼女は規制線の黄色いテープを潜る。

 今日の服は確かに矢野と会うからこそ選んだ服ではあるが、男に見せるために買った服はひとつもない。

男のためにお洒落をする……そんな女ばかりではないとムキになって反論したとしても、原にはわからないだろう。

『見て後悔するなよ。すっげぇ酷いから』
「そんなに?」
『樋口宏伸に相当恨みがあるんだろう。あれは処刑だな』

 青い海の向こうには巨大な灰色のビル群が見える。風がとても強い。真紀は風でなびく髪を耳にかけた。

 結局、矢野に貰ったピアスをつけることが出来ないまま今日が終わりそうだ。あのピアスをつけるのはいつになるのか。
ピアスをつけているところを矢野が見たら彼は喜んでくれるだろうか。

不特定多数の男のためではなく、たったひとりの好きな男のためにするお洒落はある。……そう思って真紀は即座に否定した。

(現場で何を考えてるの私は。仕事に集中しなくちゃ)

気持ちを切り替えて彼女は樋口宏伸の死体へと向かった。
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