早河シリーズ第三幕【堕天使】
午後4時過ぎに河口湖の湖畔に建つ温泉旅館、富士里に到着した。
俊哉と莉央が通された部屋は半露天風呂付きの和洋室。河口湖が一望できる広い和室の奥にはフローリングのベッドルームがあり、二組の布団が並んでいる。
「高そうなお部屋……」
『財閥のお嬢様にあるまじき発言だな。親父との旅行の時はもっとグレードの高い部屋に泊まっただろ?』
「お父様と旅行に行った時はまだ小学生だったから。グレードなんて考えたことなかったです」
二人は河口湖を見下ろせる大きな窓辺のソファーに座った。俊哉は莉央が淹れた熱いお茶を飲んで晴れた空を映す湖を眺めた。
『のんびりできていいな。明日帰るのが勿体ない。明後日までここに泊まるか?』
「もう。冗談言わないでください。お兄さんは明後日お仕事が……」
『今、お兄さんって言ったな』
俊哉に指摘されて莉央は口元を手で覆う。ソファーを降りた俊哉は莉央の手を引いて立ち上がらせた。
『俺が露天風呂付きの部屋にしたのは何の為だと思う?』
「一緒に……入るため?」
恐る恐る上げた視線が絡み合う。優しく目を細めた俊哉とキスをした。
『先に風呂入ってる。支度できたら莉央も来い。思う存分可愛がってやる』
俊哉が廊下に消えた。部屋に残った莉央は心臓を押さえて溜息をついた。
顔が熱く火照っている。俊哉と一緒に風呂に入るのは初めてだ。だからこの先の自分の行動をどうすればいいのかわからない。
多分、きっと、この後に風呂場で“そういうこと”をすることになる。そういうことをしないままこの旅行が終わるとは思っていない。
髪留めを探しているとバッグに入れてある携帯電話のランプがチカチカ光っている。高校の友人の香道なぎさからのメール通知だ。
なぎさは莉央が旅行で山梨を訪れているとは知らない。俊哉と莉央の秘密の関係も莉央の俊哉への想いも知らない。
なぎさには10歳年上の警察官の兄がいる。なぎさの家に遊びに行った時、何度か顔を合わせたその兄は優しくて妹想いな人だった。
なぎさと兄の間にあるのは醜い欲望ではなく愛情、家族愛だ。
自分達はどうだろう。俊哉と莉央の間にあるのは醜い欲望。家族愛だと思い込んで紛らわそうとしてもその欲望が邪魔をする。
独り占めしたい。誰にも渡したくない。もっと愛して欲しい。
(なぎさにはこんな汚い私を知られたくない。兄に対してこんな風に想っている私を知られたくない)
洗面所の横に風呂場があった。風呂場の前のカゴにはバスタオルが二つ用意され、莉央はバスマットを敷いた。
脱ぎ捨てられた俊哉の服を畳み、自分も服を脱ぐ。
ガラス張りの扉の向こうに俊哉の広い背中が見える。覚悟を決めた莉央は半露天風呂のガラス扉を開けた。
開けた瞬間にノスタルジックな檜の香りが鼻をかすめる。
河口湖を眺める俊哉は開けられた窓から吹く風を気持ち良さそうに受けていた。
俊哉が莉央に片手を差し出す。俊哉の手を借りた莉央は浴槽に静かに両足を入れた。
俊哉と莉央が通された部屋は半露天風呂付きの和洋室。河口湖が一望できる広い和室の奥にはフローリングのベッドルームがあり、二組の布団が並んでいる。
「高そうなお部屋……」
『財閥のお嬢様にあるまじき発言だな。親父との旅行の時はもっとグレードの高い部屋に泊まっただろ?』
「お父様と旅行に行った時はまだ小学生だったから。グレードなんて考えたことなかったです」
二人は河口湖を見下ろせる大きな窓辺のソファーに座った。俊哉は莉央が淹れた熱いお茶を飲んで晴れた空を映す湖を眺めた。
『のんびりできていいな。明日帰るのが勿体ない。明後日までここに泊まるか?』
「もう。冗談言わないでください。お兄さんは明後日お仕事が……」
『今、お兄さんって言ったな』
俊哉に指摘されて莉央は口元を手で覆う。ソファーを降りた俊哉は莉央の手を引いて立ち上がらせた。
『俺が露天風呂付きの部屋にしたのは何の為だと思う?』
「一緒に……入るため?」
恐る恐る上げた視線が絡み合う。優しく目を細めた俊哉とキスをした。
『先に風呂入ってる。支度できたら莉央も来い。思う存分可愛がってやる』
俊哉が廊下に消えた。部屋に残った莉央は心臓を押さえて溜息をついた。
顔が熱く火照っている。俊哉と一緒に風呂に入るのは初めてだ。だからこの先の自分の行動をどうすればいいのかわからない。
多分、きっと、この後に風呂場で“そういうこと”をすることになる。そういうことをしないままこの旅行が終わるとは思っていない。
髪留めを探しているとバッグに入れてある携帯電話のランプがチカチカ光っている。高校の友人の香道なぎさからのメール通知だ。
なぎさは莉央が旅行で山梨を訪れているとは知らない。俊哉と莉央の秘密の関係も莉央の俊哉への想いも知らない。
なぎさには10歳年上の警察官の兄がいる。なぎさの家に遊びに行った時、何度か顔を合わせたその兄は優しくて妹想いな人だった。
なぎさと兄の間にあるのは醜い欲望ではなく愛情、家族愛だ。
自分達はどうだろう。俊哉と莉央の間にあるのは醜い欲望。家族愛だと思い込んで紛らわそうとしてもその欲望が邪魔をする。
独り占めしたい。誰にも渡したくない。もっと愛して欲しい。
(なぎさにはこんな汚い私を知られたくない。兄に対してこんな風に想っている私を知られたくない)
洗面所の横に風呂場があった。風呂場の前のカゴにはバスタオルが二つ用意され、莉央はバスマットを敷いた。
脱ぎ捨てられた俊哉の服を畳み、自分も服を脱ぐ。
ガラス張りの扉の向こうに俊哉の広い背中が見える。覚悟を決めた莉央は半露天風呂のガラス扉を開けた。
開けた瞬間にノスタルジックな檜の香りが鼻をかすめる。
河口湖を眺める俊哉は開けられた窓から吹く風を気持ち良さそうに受けていた。
俊哉が莉央に片手を差し出す。俊哉の手を借りた莉央は浴槽に静かに両足を入れた。