早河シリーズ第三幕【堕天使】
 木で造られた四角い浴槽に並んで浸かると、互いの腕が触れ合った。俊哉の手が莉央の肩に伸びて、彼の方へ身体が引き寄せられる。
チャプンと水面が波打った直後、俊哉が莉央の身体を後ろから腕で包んだ。

『莉央』

 耳元で名前を呼ばれる感覚がくすぐったい。俊哉の両手が莉央の胸を弄び、やがて彼の手は莉央の左手を取って水面から持ち上げた。

彼は莉央の濡れた左手の薬指に触れている。

「どうしたの?」
『この指にいつか俺以外の男が贈った指輪が嵌まるんだろうなって考えてた。考え出すと嫉妬でおかしくなりそうだ。馬鹿みたいだろ?』
「結婚は……しません」
『それは無理。莉央がどう言ってもお前の結婚相手は母さんが決めてくる。莉央は嫌でもそいつと結婚させられることになる。そいつと結婚して嫌でも抱かれて、そいつの子供を産ませられる』

撫でられた左手の薬指が今度は俊哉の舌で舐められた。話の内容と俊哉の行為に緊張で身体が強張っている。

『俺には莉央の結婚を止める権利はない。莉央はいつか俺から離れていく。多分あと数年後には……その前に俺の結婚が先かもな』
「なんでいきなりそんな話……」

 振り向いた莉央を逃すまいと俊哉は莉央の頭を抱き抱えて噛みつくようなキスをする。長い長いキスを何度も続けた。

『名前、呼んで』
「……と……し……や」
『もっと。もっと呼んで』
「俊哉……」

俊哉の名を呼ぶ莉央の声が風呂場に響く。

 大切な友人には知られたくない兄との秘め事。純情とはかけ離れた醜い欲望に染まる愛。

 日の入り時刻が近付くにつれて露天風呂から見える湖がオレンジ色に染まっていく。
河口湖の背景に佇む富士山も闇に包まれ始めていた。

 俊哉は莉央を壁に押し付け、ねっとりとしたキスを繰り返す。莉央の柔らかな赤い唇が互いの唾液で濡れ、ぬめり気のある湿度の高い肌と肌が触れ合って密着した。

 莉央の甘い声と二人分の息遣いが露天風呂を支配する。風呂の窓は開いている。
誰かに声を聞かれるかもしれない……そんな周りを気にする余裕もないほど、二人に与えられる快楽は大きい。

『莉央。愛してる』

 妹に愛してると囁く兄。兄を憎みながらも受け入れる妹。
目の前にいる兄は妹を犯す最低な男。父親を殺す計画を知りつつ黙認して自分も協力した最低な人間だ。

(私からお父様を奪ったあなたが許せない。あなたが憎い)

それでも嫌いになれなかった。嫌いだよ、なんてただ認めたくないだけの言い訳だ。

 快楽が加速して二人は同時に絶頂に達した。
莉央の中から引き抜かれた俊哉の一部。彼女の太ももに絡み付いた粘性のある白い涙が、ドロリ、ドロリ、と彼女の脚を這って床に落ちた。

全身の力が抜けて崩れ落ちる莉央を俊哉が支える。座り込んだ二人はまたキスをした。いつまでも、いつまでも。

 もう認めてしまおう。この最低な男をどうしようもなく愛していることを。

 嫌い、嫌い。……愛してる。
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