早河シリーズ第三幕【堕天使】
夜が明けて湖畔に朝日が煌めく。午前10時にチェックアウトをして旅館を出た二人の行き先は河口湖に面した八木崎公園。
ラベンダーの公園として有名な八木崎公園にはこの時期は桜が咲いている。
昨日と同様に晴れた青空に桜の木々が気持ち良さそうに揺れていた。まだ見頃ではないが蕾が開いている木もいくつか見える。
『莉央、そこ立って』
「え……」
『早くしないと人が来ちまう』
カメラのファインダーを覗いて桜の写真を撮っていた俊哉は湖畔に莉央を立たせてシャッターを切った。風になびく黒髪を手で押さえて微笑む莉央はこの世に間違えて舞い降りてしまった天使に見えた。
湖畔に立つ莉央を何枚か撮影している時に彼はふと秘書の根岸響子の言葉を思い出す。
(響子に莉央のことを話した時に俺は莉央を天使のような美少女って言ってたのか。全然覚えてねぇけど)
天使の姿など当然見たこともない。もし本当に天使が存在するのなら莉央のような姿をしているのかもしれない。
そして自分は天使の翼をもぎ取った狡猾な悪魔だ。
二人は湖畔沿いの散策路を手を繋いで歩く。大きな桜の木の前で俊哉が立ち止まった。
『今からすっげーガキくさいことするけど笑うなよ?』
俊哉は薄手のコートのポケットに入れた手を引き抜いて、握った拳をゆっくり開く。俊哉の手のひらでキラキラと光るものが莉央の目に飛び込んできた。
「これって……」
『香水の舎で買った』
俊哉の大きな手のひらには花の細工が施された指輪が転がっていた。銀色の小さな花がいくつも連なってひとつのリングを形作り、花の中央にはシルバーのスワロフスキーが輝いている。
昨日訪れたハーブ館にある香水の舎にはアクセサリーも売られていた。
『あの時、この指輪欲しそうに見てただろ』
「知ってたの?」
『当たり前。そんな高い物じゃねぇし、28の男がこんなことするのはあまりにもガキっぽいけど』
俊哉は莉央の左手薬指に銀の花の指輪を嵌めた。莉央が息を呑む。左手薬指の指輪の意味。俊哉がその指を選んだ意味。
『嫌なら後で外していい。だけど今はここに嵌めていて欲しい』
俊哉の眼差しは真剣だった。莉央は左手薬指に嵌まる指輪に触れた。この銀の花の指輪は兄と妹の秘め事の証。
「勝手なことばっかり」
『勝手なのは承知の上。ごめんな、こんな勝手な兄貴で』
左手の薬指の指輪に触れながら莉央は俊哉の胸元に頬を寄せた。涙が流れるのはどうして? 嬉しいの? 悲しいの?
『いつかちゃんと手離すから。それまでは俺だけのものでいて』
愛しているのに嫌い。嫌いなのに愛してる。肯定も否定もできない愛に莉央は囚われて動けない。
桜の木の下でキスをする俊哉と莉央を遠くからカメラのレンズ越しに眺めている女がいた。爪に赤いマニキュアが塗られた指で女は何度もシャッターボタンを押す。
写真を撮り終えた女は舌打ちしてその場を去った。俊哉がつけていた男物のコロンと同じ香りをその場に残して。
Act1.END
→Act2. 禁断の果実 に続く
ラベンダーの公園として有名な八木崎公園にはこの時期は桜が咲いている。
昨日と同様に晴れた青空に桜の木々が気持ち良さそうに揺れていた。まだ見頃ではないが蕾が開いている木もいくつか見える。
『莉央、そこ立って』
「え……」
『早くしないと人が来ちまう』
カメラのファインダーを覗いて桜の写真を撮っていた俊哉は湖畔に莉央を立たせてシャッターを切った。風になびく黒髪を手で押さえて微笑む莉央はこの世に間違えて舞い降りてしまった天使に見えた。
湖畔に立つ莉央を何枚か撮影している時に彼はふと秘書の根岸響子の言葉を思い出す。
(響子に莉央のことを話した時に俺は莉央を天使のような美少女って言ってたのか。全然覚えてねぇけど)
天使の姿など当然見たこともない。もし本当に天使が存在するのなら莉央のような姿をしているのかもしれない。
そして自分は天使の翼をもぎ取った狡猾な悪魔だ。
二人は湖畔沿いの散策路を手を繋いで歩く。大きな桜の木の前で俊哉が立ち止まった。
『今からすっげーガキくさいことするけど笑うなよ?』
俊哉は薄手のコートのポケットに入れた手を引き抜いて、握った拳をゆっくり開く。俊哉の手のひらでキラキラと光るものが莉央の目に飛び込んできた。
「これって……」
『香水の舎で買った』
俊哉の大きな手のひらには花の細工が施された指輪が転がっていた。銀色の小さな花がいくつも連なってひとつのリングを形作り、花の中央にはシルバーのスワロフスキーが輝いている。
昨日訪れたハーブ館にある香水の舎にはアクセサリーも売られていた。
『あの時、この指輪欲しそうに見てただろ』
「知ってたの?」
『当たり前。そんな高い物じゃねぇし、28の男がこんなことするのはあまりにもガキっぽいけど』
俊哉は莉央の左手薬指に銀の花の指輪を嵌めた。莉央が息を呑む。左手薬指の指輪の意味。俊哉がその指を選んだ意味。
『嫌なら後で外していい。だけど今はここに嵌めていて欲しい』
俊哉の眼差しは真剣だった。莉央は左手薬指に嵌まる指輪に触れた。この銀の花の指輪は兄と妹の秘め事の証。
「勝手なことばっかり」
『勝手なのは承知の上。ごめんな、こんな勝手な兄貴で』
左手の薬指の指輪に触れながら莉央は俊哉の胸元に頬を寄せた。涙が流れるのはどうして? 嬉しいの? 悲しいの?
『いつかちゃんと手離すから。それまでは俺だけのものでいて』
愛しているのに嫌い。嫌いなのに愛してる。肯定も否定もできない愛に莉央は囚われて動けない。
桜の木の下でキスをする俊哉と莉央を遠くからカメラのレンズ越しに眺めている女がいた。爪に赤いマニキュアが塗られた指で女は何度もシャッターボタンを押す。
写真を撮り終えた女は舌打ちしてその場を去った。俊哉がつけていた男物のコロンと同じ香りをその場に残して。
Act1.END
→Act2. 禁断の果実 に続く