早河シリーズ第三幕【堕天使】
年度が変わり、新入社員と人事異動によって新しい顔ぶれが各課に揃った樋口コーポレーションのオフィス。
副社長の俊哉は新入社員と顔を合わすこともなく、年度が代わってもこれまでと代わり映えのしない日々を過ごしていた。
終業の定時時刻を過ぎて社員が帰宅を始めているが俊哉はまだ副社長室に籠《こも》っていた。ノックの直後に秘書の根岸響子が入ってくる。
『どうした? もう定時だろ』
「定時を過ぎましたので個人的な要件で参りました」
『個人的な要件?』
俊哉のデスクの前に直立した響子は茶封筒を手にしていた。彼女は封筒の中身を乱雑にデスクにばらまいた。俊哉はばらまかれた物を見て眉をひそめる。
『おい、これは……』
「副社長と莉央お嬢様のご旅行の写真です」
響子の説明を受けなくともデスクの物を一瞥すればそれが何であるかは一目瞭然だ。河口湖の桜の木の下にいる俊哉と莉央の写真、いちご農園で手を繋いでいる俊哉と莉央の写真、ハーブ館や旅館の駐車場にいる二人の写真もあった。
俊哉は無表情に写真を手にとって響子を見上げた。
『目的は?』
「そんなぞんざいな言い方、ずいぶんじゃありませんか?」
『妹との旅行を見張って盗撮までやらかしてる奴に丁寧な対応なんかできるか?』
彼は自分と莉央の写真をデスクに放り投げた。響子は俊哉の放った写真を一枚手にとって口元を歪める。
「妹との旅行? この写真で見る限りでは、あなたがお嬢様を妹として扱っているようには見えませんね」
『お前から俺達がどう見えていたか知らないが、妹と旅行に行くのが悪いことか?』
「いいえ。ご家族ですもの。仲がよろしくてけっこうです。家族ですから思春期の妹と同じ旅館の同じ部屋にお泊まりになるのも当然ですよね」
俊哉の目の前で響子は写真を真ん中から引き裂いた。粉々に破られた写真が宙を舞う。
「手を繋ぐのも抱き締めるのもキスをするのも同じ部屋に泊まるのも、妹だから? ねぇ、答えて!」
笑っているとも怒っているともとれる表情で彼女は次々と写真を破り捨てていく。響子の手によって破かれ散っていく写真の残骸を俊哉は無言のまま目で追っていた。
『お前の想像してる通りだ』
俊哉はデスクに片手をついて腰を上げた。響子を見据える彼の目に宿るのは静かなる怒り。
「じゃあやっぱりあなた……妹と……」
『ああ。俺は莉央を愛してる。妹としてではなく女としてな。でもお前も馬鹿なことしでかしたな。こんなことして逆効果だってわからない?』
こちらに近付く俊哉の放つ殺気に気圧されて響子は後退りした。
『写真撮って週刊誌にでも売り込むつもりだったか? 大企業の副社長が妹と近親相姦なんて美味しいネタだよなぁ? 響子』
「私はただ、あなたを私だけのものにしたかっただけ! あの子に渡したくなくて」
『なおさら逆効果だ。俺はお前のものにはならない。どのみち響子とは結婚もできないからな』
「嘘……なんで……?」
響子は首を横に振る。彼女の脚は立っているのもやっとなほど、震えていた。俊哉が薄く笑う。
副社長の俊哉は新入社員と顔を合わすこともなく、年度が代わってもこれまでと代わり映えのしない日々を過ごしていた。
終業の定時時刻を過ぎて社員が帰宅を始めているが俊哉はまだ副社長室に籠《こも》っていた。ノックの直後に秘書の根岸響子が入ってくる。
『どうした? もう定時だろ』
「定時を過ぎましたので個人的な要件で参りました」
『個人的な要件?』
俊哉のデスクの前に直立した響子は茶封筒を手にしていた。彼女は封筒の中身を乱雑にデスクにばらまいた。俊哉はばらまかれた物を見て眉をひそめる。
『おい、これは……』
「副社長と莉央お嬢様のご旅行の写真です」
響子の説明を受けなくともデスクの物を一瞥すればそれが何であるかは一目瞭然だ。河口湖の桜の木の下にいる俊哉と莉央の写真、いちご農園で手を繋いでいる俊哉と莉央の写真、ハーブ館や旅館の駐車場にいる二人の写真もあった。
俊哉は無表情に写真を手にとって響子を見上げた。
『目的は?』
「そんなぞんざいな言い方、ずいぶんじゃありませんか?」
『妹との旅行を見張って盗撮までやらかしてる奴に丁寧な対応なんかできるか?』
彼は自分と莉央の写真をデスクに放り投げた。響子は俊哉の放った写真を一枚手にとって口元を歪める。
「妹との旅行? この写真で見る限りでは、あなたがお嬢様を妹として扱っているようには見えませんね」
『お前から俺達がどう見えていたか知らないが、妹と旅行に行くのが悪いことか?』
「いいえ。ご家族ですもの。仲がよろしくてけっこうです。家族ですから思春期の妹と同じ旅館の同じ部屋にお泊まりになるのも当然ですよね」
俊哉の目の前で響子は写真を真ん中から引き裂いた。粉々に破られた写真が宙を舞う。
「手を繋ぐのも抱き締めるのもキスをするのも同じ部屋に泊まるのも、妹だから? ねぇ、答えて!」
笑っているとも怒っているともとれる表情で彼女は次々と写真を破り捨てていく。響子の手によって破かれ散っていく写真の残骸を俊哉は無言のまま目で追っていた。
『お前の想像してる通りだ』
俊哉はデスクに片手をついて腰を上げた。響子を見据える彼の目に宿るのは静かなる怒り。
「じゃあやっぱりあなた……妹と……」
『ああ。俺は莉央を愛してる。妹としてではなく女としてな。でもお前も馬鹿なことしでかしたな。こんなことして逆効果だってわからない?』
こちらに近付く俊哉の放つ殺気に気圧されて響子は後退りした。
『写真撮って週刊誌にでも売り込むつもりだったか? 大企業の副社長が妹と近親相姦なんて美味しいネタだよなぁ? 響子』
「私はただ、あなたを私だけのものにしたかっただけ! あの子に渡したくなくて」
『なおさら逆効果だ。俺はお前のものにはならない。どのみち響子とは結婚もできないからな』
「嘘……なんで……?」
響子は首を横に振る。彼女の脚は立っているのもやっとなほど、震えていた。俊哉が薄く笑う。