早河シリーズ第三幕【堕天使】
 響子の糾弾を受けてもなお、俊哉は莉央を求め続けた。莉央も俊哉を拒まなかった。
そうして幾日もの時が過ぎ秋になり、莉央は17歳の誕生日を迎えた。

        *

 樋口祥一の死から1年が過ぎた2001年12月。クリスマスが間近に迫った今宵は冷たい冬の雨が降っていた。

 場所は東京都内のとある邸宅、綺麗に磨かれた板張りの廊下を長身の男が歩いている。
彼は廊下に並ぶ扉の中からひときわ重厚な扉をノックして押し開けた。

 室内に入ると彼が聞きなれない効果音が耳に入る。部屋の奥に備え付けられたデスクに若い男が座っていた。

長身の彼よりも一回り以上も年下に見える若い男は、デスクに置かれた最新型のコンピューターに視線を向けてマウスを動かしている。部屋に入った時に耳にした不思議な効果音はコンピューターから漏れていた。

『何をなさっておいでですか?』
『スパイダーがチェスのゲームを作ってくれたんだ。それで遊んでいるんだよ。コンピューターがチェスの相手になってくれる』

 若い男は左手で頬杖をついて右手でマウスを動かしている。ゲームに熱中する彼はとても楽しそうだ。
長身の男はコンピューターにもゲームにも疎いが、主が楽しければそれでよい。

『コンピューターが相手に?』
『そう。ゲームをクリアすればレベルも上がる。私のレベルが上がれば対戦するコンピューターのレベルも上がる。これがなかなか面白くてね。そろそろゲーム業界に進出するのも悪くないかもしれないね』

男は黒い駒をコンピューターの画面上で動かした後に視線を上げた。

『スコーピオン。何か用かな?』

 組織ではスコーピオンの呼称を持つ長身の男はひとつ頷いて口を開いた。

『来月になりますが、相澤グループ社長の長男がフランスから帰国するそうです。2月に相澤会長の喜寿の誕生パーティーがあるとかで』
『喜寿とは、あそこの会長も長生きだねぇ。そうか、あの男が帰ってくるか。最後に会ったのは去年の暮れのニースを訪れた時だから1年振りだね』

男はまたコンピューターに視線を戻す。彼は画面上の黒いチェス駒を動かして笑った。

『最近退屈していたんだ。奴はゲームの駒にするにはちょうどいい。しばらく面白く使ってみるとしよう』

 遠くの空で、季節外れの冬の雷が轟いていた。
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