早河シリーズ第三幕【堕天使】
2002年2月上旬

 珍しく樋口家の全員が食卓に揃う夕食時のことだった。食卓を囲むのは樋口家当主の雅子、長男の宏伸、次男の俊哉、そして莉央。

宏伸の妻と宏伸の5歳になる息子は樋口家の離れで生活しているため食事は別だ。

一番下座に座る莉央は、特に話をすることもなく黙々と食事を続ける。これが樋口家の常。
久方ぶりに家族揃っての楽しい団らんなど樋口家では無縁だ。

 ナプキンで口元を拭いた雅子は宏伸、俊哉、莉央を順に見る。

「宏伸、俊哉。今月の相澤会長の誕生パーティーだけれど、ちゃんと予定は空けてあるわよね?」
『21日の夜でしたよね。空けてありますよ』

宏伸が答えた。俊哉も面倒くさそうにナイフとフォークを置いて水の入るグラスを傾ける。

『俺も空いてる。母さんが予定空けておけってうるさかったからな』
「俊哉。うるさくとは何ですか。今回の相澤会長の誕生パーティーはうちの会社にとっては重要なイベントなのよ」

 相澤会長は電子機器メーカーAIZAWAの大元である相澤グループのトップだ。莉央は父の存命中に相澤会長には何度か会っている。

その会長の喜寿の祝いのパーティーだ。父のいない今となっては自分がパーティーに出席することはなく、関係のない話だと思って莉央は聞き流していた。

 だから雅子の視線が莉央に向いても莉央はすぐにはその視線に気付かなかった。

「莉央、あなたもパーティーに出席しなさい」
「私もですか?」

雅子の言葉に驚いたのは莉央だけではない。宏伸と俊哉も驚いて食事の手を止めた。俊哉は無言の莉央を一瞥してから雅子に問う。

『母さん、莉央も出席って急にどうしたんだ? 今までどんなパーティーがあっても莉央を連れていくことはしなかったじゃねぇか』
「私もこれでも莉央のことは考えてるの。莉央も17になったのだから、そろそろ社交場に慣れておくことも必要だと思ったのよ。パーティーは21日よ。平日ですから、学校が終わった後は寄り道せずに帰って来なさいね。そして茜さんと美容院に行くこと。茜さんにはもう伝えてあるから、彼女にすべて任せておけばいいわ」

茜は宏伸の妻。莉央の義姉になる。

「パーティーに着ていくお洋服は私がいくつか見繕って買っておきます。その中から好きなものを選びなさい。いいわね?」
「……はい」

 雅子の有無を言わさぬ態度に莉央は頷くしかない。
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