早河シリーズ第三幕【堕天使】
 山梨旅行で俊哉が言っていたことを思い出した。莉央の結婚相手は雅子が決める。そして莉央は嫌でもその決められた相手と結婚させられる。

「お話はわかりました。私と相澤さんの結婚はすでに決定されたことなのですね」
『はい。一応今日は顔合わせという事だったのですが……』

 相澤は金色の時計を見る。午後9時になろうとしていた。パーティー終了予定時刻は9時だ。

『実はパーティーが始まる前に樋口会長から今夜はこちらで貴女をお預かりしてくれないかと頼まれまして。僕は今夜このホテルに泊まりますが、莉央さんはどうされますか?』

煙草を灰皿に捨てた相澤はカードキーを手にしている。ホテルの部屋のカードキーだ。

「私が相澤さんのお部屋に泊めてもらうと言うことですか?」
『そうなりますね。ただ僕の部屋にはベッドがひとつしかない。さすがに今日会ったばかりの男と一夜を共にするのは気が進みませんよね。僕もいくら婚約者の形であってもそこまでは……と思っていますよ。ですから莉央さんにこちらの部屋に泊まっていただいて、僕は他の部屋を取ろうかと……』
「相澤さんと同じお部屋でかまいません。このまま家に戻れば叱られるだけですし」

 うつむく視界に相澤の革靴が入る。彼は莉央に片手を差し出した。

『では僕の部屋に行きますか?』
「はい」

相澤の手をとって立ち上がり、客室に繋がるエレベーターに乗り込んだ。

(結局どこに行っても私には自由もない。決められた人と結婚して決められた人生を歩かされる……操り人形)

 カードキーを差し込んでロックが解除された部屋に相澤は莉央を先に入れた。高級ホテルの部屋にはクイーンサイズのベッドがひとつ。
最上階に近いこの部屋には大きな窓があり、夜景が見えた。

『何か飲まれますか?』

ルームサービスのメニュー表を開いた相澤は夜景を見ている莉央の背中に聞く。夜景に浮かぶ莉央の白い背中から翼でも生えてきそうだと相澤は面白い想像をした。

「お酒をいただけますか?」
『いいですよ。何にします?』
「相澤さんのお好きなもので」
『わかりました』

 相澤が内線でルームサービスを注文する間、莉央は会場に残してきた俊哉のことを考えていた。

(俊哉お兄さんと一緒にいたあの女の人、誰だろう?)

 相澤に連れられて会場を出る直前、黒いロングドレスの女と一緒にいる俊哉を見かけた。女は俊哉の側に寄り添って二人は親しげに会話をしていた。
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