早河シリーズ第三幕【堕天使】
 よくわからないこのモヤモヤとした感情は何? 俊哉の秘書だった根岸響子に会ったあの時と同じ感情を今の莉央は抱えている。

相澤に酒を頼んだのは会場で酒を飲もうとした莉央に酒はダメだと言った俊哉への反発だ。
幼稚な反抗心だと自覚はある。我ながらみっともない。

 窓辺に相澤が並ぶ。スーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めた彼は莉央の肩に触れて抱き寄せた。

『僕はまだ貴女を愛していない。貴女も僕を愛していない。これから先、互いを愛せるかどうかはわからない』

莉央は相澤の言葉に頷いた。相澤は抱き寄せた莉央の後頭部を持ち上げる。

『莉央さんは他に愛する人がいるんですか?』

 莉央の猫に似た目の奥の漆黒の瞳が揺れている。彼女は何かを言いかけて躊躇いがちに口を閉ざした。相澤は莉央の額にキスを落とす。

『莉央さんも年頃の女性ですから好きな男がいてもおかしくないと思っただけです。今の質問には答えなくてけっこうですよ』

 ルームサービスの到着を知らせるチャイムが鳴る。ホテルスタッフが部屋にグラスと酒のボトルを運んできた。
相澤が二人分のグラスに酒を注ぐ。グラスを軽く触れ合わせて乾杯した。

 アルコールはすぐに莉央の体内に回り、身体が熱くなってくる。酔った莉央の膝と頭の後ろに手を入れて相澤は莉央の身体を持ち上げた。

彼はベッドまで莉央を運んで彼女の身体をゆっくり下ろす。柔らかなベッドに莉央と相澤の二人分の重みが加わった。

『本当にいい?』
「はい」

 雅子が相澤の部屋に莉央を泊める提案をしたと聞かされた時から、覚悟は決まっていた。
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