早河シリーズ第三幕【堕天使】
 ベッドに倒された莉央と、莉央に馬乗りになる俊哉、どちらも苦しげに眉を寄せていた。

『最低でいい。俺のこと嫌いになれよ。嫌いになってくれたら手離せるから。頼むから嫌いになってくれよ……』

頭を垂らした俊哉の右手と繋がれた莉央の左手には束縛の証の銀の花の指輪はない。

『莉央が他の男のものになるなんて堪えられねぇよ……』

 雫が一滴、莉央の上に落ちる。

「……泣いてるの?」
『馬鹿。こんなことで泣くか』
「でも泣いてるじゃない」

俊哉の頬に触れた莉央の指に涙の雫が絡む。顔を上げた俊哉の瞳は赤くなっていた。

 相澤に身を委ねればこの男を忘れられると思った。この男から離れられると思った。
兄を愛した醜い自分と決別できると思った。
嫌い、嫌い、嫌い。こんな最低な男、大嫌い。

『アイツにどこ触られた? どこ舐められた? 何した? 全部言え』
「全部って……言えないよ……」
『言えないようなことまでしたのか?』

 俊哉は泣きながら莉央の制服を脱がせている。莉央の身体には俊哉が付けた覚えのないキスマークが点在していた。

『相澤の奴、ここ見てどう思ったんだろうな』

莉央の太ももに俊哉が付けたキスマークが増えている気がした。上塗りの上塗り、彼はそこを舐めて吸って相澤の痕跡を消す。

『前から挿れられた? 後ろから?』
「どっちも……」
『アイツ、人の女でとことん楽しんでくれたな』

 昨夜の相澤との情事の痕跡がひとつひとつ消えていく。

結局、この男からは逃れられない。これでいいとさえ思ってしまう自分は、もうこの呪われた愛から抜け出せない。
学校に行くのは諦めた。どのみちこんな状態ではいつ終わるのかわからない。

『どうしたら莉央を手離せるんだろ。全然わからねぇよ』

 その日交わした兄とのキスは二人分の涙の味がするキスだった。
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