とある病院での出来事

1,出会い

「行ってきまーす。」
朝いつも通り部活の朝練に行こうとした穂高。家を出ようとドアノブに手を回したとき,突然母から,
「ちょっと待って穂高。あんた今日くらいまみちゃんの見舞いに行きなさい!」
あーまた言ってるわ。呆れる穂高。
「だから土日行くって言ってるやん。平日は全然休みないんやし。」
そう言っても母は引き下がらない。
「あんたそれ言うん何回目?土日行くって言っていっつも友達と遊びに行ってるやん!」
その言葉に釘を刺される穂高。
「でも俺今日部活あるし。大会控えてるし俺今忙しいねん。全国大会行くっていう目標もあるんやから。」
今年誕生日が来たら15歳になる穂高は絶賛反抗期中。何か言われたら言い返す。そんな時期。
「今日部活あっても休んで行きなさい!スポーツするなら休息も必要なんやし。練習しすぎて怪我して大会出れんくなってもいいん?」
母も引き下がらない。
「うっ…それはそうやけど俺そのために毎日ちゃんとケアしてるし。なんも知らんくせにあーだこーだ言わんといてくれる?」
「なんやのその言い方!親に向かってなんちゅう言葉遣いや!あとあんた,まみちゃんなこと心配じゃないん?」
「それは心配やけどさ。俺も暇じゃないの!部活やって毎日あんのに。」
「だから今日午後練休んで行きなさいって言ってるやん。」
「はいはいはい。わーったわーった。行ってきまーす。」
「ちょ,穂高!あんたほんまに分かってんの?」
朝から母の小言なんか聞いてられない穂高。急いで家を出て学校に向かった。
(流石に今日くらいは行くか。母さんもうるさいし。)

穂高は毎日走って学校に行く。家から学校までちょうど1キロくらいの距離なのでランニングがてら行ける。そして今日も学校で大好きなバレーボールをする。
「おーい優希!!」
「おう!タカ。おはよう!」
穂高は友達からタカと呼ばれている。優希こと光畑優希は扇陵中学校男子バレーボール部の部長。ポジションセッター。正確で丁寧な,そして相手から読まれないとすをあげてくれる。優希の実力は県内トップレベル。おそらく今兵庫県の中学校のバレー選手で彼に勝てるセッターはいないだろう。そして穂高のポジションはミドルブロッカー。こちらも負けじと実力は県内トップレベル。どんなスパイクが飛んでこようと自分1人でガードできるくらいレベルが高い。
「2人ともおはよう。」
「お!あおちゃんおはよう!」
あおちゃんこと梅宮青葉は京都の訛りが入った話し方をするのが特徴。チーム1高身長且つ常に冷静。ポジションは穂高と同じミドルブロッカー。実力もすごいが作戦を立てるのが上手い。なのでチームの作戦参謀として活躍している。
「ぅぅぅぅぅううりゃあああああ!!!」
「グヘッ!痛ったぁってリッキーやん。毎日俺に突進してくんのやめてやぁ。」
「ハハハ!ごめん優希。あとおはよう!」
「おはよリッキー。朝から元気やなぁ。」
「うん!!今日も練習頑張るでー!!」
リッキーこと松平力弥はチームに欠かせない存在。ポジションはリベロで実力は力弥も県内トップレベル。力弥には深原中学にライバルがいる。同じポジションの服部香織。とにかく天才プレイヤーで彼を恐れる者は多い。力弥は彼に負けじと数々の努力を重ね同率にまで上り詰めた。最初はやる気無しだった力弥は今は1番身長が低いながらも熱心に部活に取り組んでいる。
「おーい!お前らぁ!!」
「おー!かっちゃんにりん!おはよう!」
「おはよう!」
「ふぁぁ〜…。おはよ。」
いつも元気なかっちゃんこと灰原一樹。ポジションはウイングスパイカーでチームのエース。スパイクの速さならチーム1。実力も県内トップレベル。熱い男で気性が激しく,やんちゃなところもあるが,実は結構な努力家で練習で手を抜いたりは絶対しない。
そして『眠い』が口癖のりんこと西坂鈴堂。彼も一樹と同じウイングスパイカー。忍びの様なプレーが特徴で人より俊敏,動きが速い。なので試合でも気付けばそこに人がいるというような感じ。もしかすると敵から見ると鈴堂が1番厄介な存在かもしれない。

朝練も終わり,着替え場所で着替える。
「俺今日午後練休むわ。」
「はぁ。なんで?」
「従姉妹の見舞い行けって今日の朝母さんから言われたんよ。」
「あー。なんかそれ前聞いたかも。従姉妹妊娠してるんやっけ?」
「そーやねん。早く赤ちゃん見たいわ。」
従姉妹とは小さい頃から親切にしてもらっていたので穂高は従姉妹のことが大好き。
「元気に生まれてくるといいなぁ。男の子?女の子?」
「男の子やったはず。試合前に生まれてくれへんかなぁ。」
「試合始まったら遊ぶ暇すらなくなるもんな!」
「でも病院なら夕方も開いてるから部活終わりじゃあかんのかな?」
「そうなんやけどな,今日部活あるから無理って言ってん。けど休んで行けって。それで怪我して試合出れんくなったらどうすんねんって。だから今日休む。」
「あーそれはそう。無理して怪我したらあかんしな。あいつのこと聞いたら怪我も他人事として考えられんくなったなぁ。」
「うわそれめっちゃ分かる。あいつ阪神出るんかな?」
「噂では出るっぽいな。でも前みたいな強さは無くなったって。」
「やろうなぁ。よし,タカ。お前今日休んで従姉妹さんのところ行ってこい!」
「うし。分かった。ということで俺今日午後練休みます。」
「了解。先生にはまた言っとくわ。」
「あざす!」
「お前従姉妹大事にしろよー。」
「分かってるって!」
この日穂高はある秘密な出会いをする。

その日の放課後穂高は病院に向かった。受付で従姉妹の病室を教えてもらい,そこに向かった。
「まみちゃん久しぶり。元気してた?」
2年前に結婚した従姉妹のまみは市内の公立高校で英語の教師をやっている。
「穂高くんやん!久しぶり〜。ずっと会いたかったよぉ。珍しく今日きてくれたんや!」
「母さんに行けって言われたから。」
「アハハ!理由が穂高くんらしいな。今日も部活あったんちゃうん?大丈夫なん?チームも結構強いんやろ?」
「そうやな。でもたまには休息も必要かなって。部活の友達も理由ちゃんと話したら従姉妹大事にしろよーとか,今日は休んで見舞い行って来い!って言われたから大丈夫。心配せんといて。」
「そお?なら良かった。」
「まみちゃんも元気そうで良かったわ。」
久しぶりの従姉妹との会話で盛り上がる穂高。暫くするとまみの旦那もやってきて3人でまた話をした。
「まみちゃん水大丈夫?もう無くなりそうやん。良かったら俺ついでこよっか?」
「いいよ〜。あとで自分で行くし。」
「いやでも俺行くで?これくらいのことはするし。まみちゃん転けたりしたら大変やん。お腹に赤ちゃんおるんやし。」
「なら僕行こっか?2人久しぶりに会うんやし。まだ2人で話しててもいいで?」
まみの旦那である雅樹が言う。
「マサさん何言ってんの?せっかくの夫婦の会話なんやから俺が邪魔したらあかんやん。いいから。2人でゆっくりして。俺どうせここ戻ってくるし。」
雅樹は穂高や穂高の兄弟からマサさんと呼ばれている。
「そお?なら穂高くんお願いしてもいいかな?」
「おう!じゃあ行ってくるわ。」
「行ってらっしゃい!」
「迷子にならんようにねぇ。」
「ならんわ!俺もう中3やぞ?」
2人に笑われ,少しほっこりした穂高。大好きな従姉妹との久しぶりの会話。
(やっぱり来てよかったな。また行こ。)
穂高は本気でそう思った。

水をつぎに行った帰り,1つ問題が発生した。それはまみの病室が分からなくなったことである。
「あれ〜。まみちゃんの部屋どこやっけ?看護師さんに聞こっかな?」
そういえば自分は結構な方向音痴だったことを思い出した。けど滅多に行くことのない病院を散策してみようと思った。ふらふらとそこら辺をうろついているとある人に目が止まった。その人は自分と同じ学生。だけど身長はすごく高い。190あるだろうと思える身長。その人を見た瞬間,一瞬でその人が誰なのか分かった。その人は竹脇中学校男子バレーボール部部長且つエースである小野寺弥生。弥生は2年の終わりに大怪我をしてこの前の春の大会では出場メンバーに入っておらず,姿すらもなかった。話しかけるべきか,けど弥生はやけに扇陵の人間を嫌っている。弥生だけじゃない。竹脇の人間全体が扇陵の人間を嫌っている。1番嫌われているのはセッターの光畑優希。理由は分からない。すると穂高は弥生と目が合い,こちらの存在に気付くとすごく嫌な顔をされた。そりゃそうだと思った。なぜなら自分が扇陵の人間だから。少しぎこちない歩き方の弥生。制服で隠れてるから分からないが右足には多分ギブスが巻かれており,弥生の利き腕である左腕もギブスがあるせいか肘が曲がっている。相当な怪我だったんだろうなと一目見て分かる状況。お互い沈黙する。何を話せばいいのか分からない穂高。無視しても良いがそれをするとなんか相手に申し訳なくなる。手汗が滲み出る穂高。深呼吸して話しかけた。
「あ,あの。従姉妹の部屋分かりますか?」
怪我には触れないでおこうとした結果がこれ。声も裏返る。弥生と話すときは普段生意気である穂高も流石に緊張する。それだけ弥生は威圧感がすごいのだ。高身長無表情無愛想で常に真顔でいるので何考えてるのか分からない。そのせいで弥生はいつも周りから怖がられていた。

はあ?っという顔をされる穂高。当たり前すぎる結果に一気に血の気が引く。
(アホか俺はー!もっと他の会話なかったんか!)
「お前は何しにここに来てん。用がないなら早よ俺の視界からどっか行ってくれへんか?邪魔。」
(辛辣〜。めっちゃ辛辣〜。いやぁ前から分かってたことやけどいざ言われると辛!)
「いや,あの…俺従姉妹が妊娠しててさ。今日見舞いに来たんよ。それで水つぎに来たんやけど病室がどこか分からんくなって…。この病院広いから。へへへ。」
ハァ〜っと大きなため息をつかれる。
「アホかお前。ちゃんと道覚えながら行けよ。」
(はい!仰せの通りです!貴方が正しいです!)
「妊婦とかやったらこの廊下真っ直ぐ行って右に曲がったところやろ。」
「え?お前分かるん?」
「何回もここ来てるからな。嫌でも覚えるわ。」
「そうか…。怪我早く治るといいな。俺も元通りになったお前と早く試合したいわ。」
その言葉にイラッと来たのか,弥生は少し怒った声で,
「お前,俺が何しにここに来てるか知ってるか?」
「え?そりゃあ怪我治しに来てるとかやろ?」
すると弥生は呆れた顔で答えた。
「…リハビリや。」
「え?」
「お前みたいに呑気に話しに来てるんとちゃうねん。キツいリハビリしに来てんねん。もう一回あのコートに立つために。でももう無理や。前みたいなプレーはできん。お前みたいなアホなやつ見るとイライラする。だから早よ帰れ。」
穂高は弥生の表情がすごく悲しそうで悔しそうに見えた。絶望のどん底にいるような顔。普段何考えてるのか分からない弥生だが,このときは諦めたくないけど諦めざるを得ない。もう2度と大好きなバレーボールをすることができない。そう考えてることが手に取るように穂高には分かった。
「早よ戻ってあげろ。妊婦の病室はさっきも言ったようにこの廊下真っ直ぐ行って右に曲がったところ。従姉妹待たせんな。早よ水持って行ってあげろ。」
「あ,そうやった!じゃあ俺戻るわ!ありがとう。」
そう言うとプイッと目を背けられた。弥生は何も考えてないようで意外とツンデレなところがある。弥生が帰ろうとしたとき,
「なあ小野寺!」
穂高に呼び止められ思わず足を止めた。
「俺の名前分かるか?お前は竹脇中1番。エースでキャプテンの小野寺弥生。お前は俺のことどんだけ知ってる?」
弥生は軽くため息をつき,
「扇陵中2番の赤橋穂高。ポジションミドルブロッカー。1番得意なのはブロック。」
それを聞くと穂高は少し安心した。良かった。自分のこともちゃんと知っててくれてる。
(優希やリッキーがやけに目立つからなぁ。)
「なんや。ちゃんと俺のこと知っててくれてるやん。」
「俺のスパイク初めてちゃんとブロックした人間やからな。嫌でも忘れん。」
「そうか。それは良かった。」
そして穂高の案で2人は連絡先を交換した。

「遅かったねぇ。やっぱ迷子になったん?穂高くん方向音痴やから。」
病室に戻るとまみに笑われた。
「それもあるけど知り合いがおったからちょっと話してた。」
そのあとも従姉妹たちと細やかな話をしてその日は終了した。家に帰って晩御飯を食べ,お風呂に入ってストレッチをしてスマホをいじる。いつものルーティーン。そして穂高は弥生に次いつ病院に行くのか聞いた。すると返事に来週の木曜と来たのでその日にまた病院に行こうと思った。もっと弥生といろんな話をしたかった。来なくていいと言われたけど行くと言った。

とある病院で起こった細やかで不思議な出来事。なんだかんだこの出会いは今後2人の人生を大きく変える出会いとなった。絶望に満ち,バレーボールを諦めた弥生が復活するきっかけにもなる。
< 1 / 2 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop