性別を隠して警備隊に入ったのがバレたら、女嫌いの総隊長の偽恋人になりました。

プロローグ

 その夜、男はえらく上機嫌だった。
 リドル王国の最東にある、隣国の街ナナレン。その付近を拠点とする盗賊団に属する彼だが、この日の成果は上々だった。
 旅の商人の一団を襲って手に入れた、物資と金と、女が二人。それらをアジトへ運びながら、自らの取り分を想像し笑いがこぼれる。
 しかし、そんな時間は長くは続かなかった。

「くそっ、なんだってこんなことに!」
 目の前の光景を見ながら、男は吐き捨てる。アジトの中は、突然の襲撃により戦場と化していた。
 襲撃をかけてきたのは、ナナレンの街を守る警備隊。
 男や他の盗賊団のメンバーも腕っぷしには自信があったが、それ以上に警備隊は強かった。
「特にあいつがヤバいな」
 男の目が、警備隊員の一人を捉える。
 それは、若くて美しい男だった。こんな戦いの場よりも、どこぞの劇場の舞台に立っている方が似合う。そのくらいの色男。
 しかしそんな容姿とは裏腹に、戦いぶりは驚くほどに勇猛だ。誰よりも立ち剣を振るい、盗賊達を次々と薙ぎ倒していく。
 しかもよく見ると、彼だけは他の警備隊員とは制服の形が若干異なっている。
 これは、通常の隊員より上の地位にいるという証。恐らく部隊長か何かなのだろう。
 普通なら絶対に戦いたくない相手。そう、普通なら。
「だが、そんな奴がやられたらどうなる?」
 重要なメンバーがやられたら、他の者たちも動揺する。その混乱に乗じれば、逃げ出すことができるかもしれない。
 まともにやって倒せるとは思わない。だからこそ、こうして不意打ちを仕掛けるため、物陰に隠れ、チャンスを待つ。
 そして、ついにその時がきた。あのやたらと強い色々が男が近くを通り、しかもこちらに背を向ける。
 その瞬間、男は短剣を構え、迷わず飛び出した。
 だが、その短剣が届くことはなかった。あと一歩のところで、突然真横から、誰かがぶつかってきた。
「危ない!」
「うわっ!」
 床に転がる男。
 痛みはそこまではないが、不意打ちの邪魔には十分だった。
「無事ですか!?」
「クリスか。助かったぞ!」
 いつの間にか、狙っていた色男は完全にこちらに向き直っていて、そこに一切の隙は見られない。
 さらにその傍らには、自分にぶつかってきた隊員もいる。
「くそっ!」
 千載一遇のチャンスを逃したのを悔しがりながら、それでも男の悪あがきは終わらない。
 もう一度短剣を構えて向かっていくが、先ほどぶつかってきた隊員が立ち塞がる。
「お前の相手は僕だ!」
「ちっ。お前さえいなければ!」
 クリスと呼ばれていたその隊員は、他の隊員達と比べて一回り以上小柄で、顔つきも若いと言うより幼いと言った方が近い。
 全く強そうには見えなかったし、しかもさっき自分にぶつかってきた時に武器を落としたようで、丸腰だ。負ける気は全くしなかった。
 しかし……
「やあっ!」
 相手は丸腰のまま体を屈め、そのまま一気に距離を詰めてきた。次の瞬間、男の見ていた景色が、突如として揺れる。
「なっ!?」
 気がつけば、男は仰向けになって倒れていた。あの一瞬の間に、自分よりずっと小柄な相手に投げ飛ばされていたのだ。
 さらに、無防備になった腹にめがけて、一切の容赦なく拳が叩き込まれる。
「がぁっ!」
 ギリギリ気絶こそしなかったものの、意識が飛びかける。これ以上戦いを続けるなど不可能だった。
(これまでか……)
 自らの敗北を悟った男だが、彼一人を倒したところで、あまり意味はなかったかもしれない。辛うじて開いていた目に映ったのは、あの色男に向かっていった仲間達が、いつの間にか一人残らず地面に倒れている姿だった。
 わかってはいたが、やはり強い。
 これでは、例えこのクリスという奴を倒したとしても、あの色男にやられて終わりだっただろう。
 その時、別の隊員がやって来て報告を行う。
「ヒューゴ総隊長。盗賊一味、ほぼ制圧しました」
「よし、一人残らず捕縛しろ。抵抗するようなら手荒になっても構わん」
 それを聞いて思う。こいつが、あのヒューゴ=アスターかと。
 部隊長か何かだと思ったら、とんでもない。数年前からナナレンの警備隊の全てを統括する、総隊長の名前だ。
 そして、この辺のならず者の間では、最も恐れられている名でもあった。
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